論争は終わらない…「揺さぶられっ子症候群」と虐待のあいまいな関係

想像を絶する家族の苦悩と子どもの無念
美馬 達哉 プロフィール

乳幼児揺さぶられ症候群の論争

現代ビジネスにもSBSについての記事(戦慄…乳児「揺さぶり虐待」を疑われた祖母が、逆転無罪勝ち取るまで)があるノンフィクション作家の柳原三佳は、SBSえん罪事件の取材を重ねた上でこう書いている。

「はっきり言いましょう。今の日本では、日々の子育てのなかで、ほんのわずか目を離した瞬間にけがをしてしまったのだと、病院や児童相談所、そして警察にいくら説明しても、まず信じてはもらえません。」(『私は虐待していない 検証 揺さぶられっ子症候群』講談社、7頁)

SBSとの診断は、脳の出血(硬膜下血腫)と脳の腫れ(脳浮腫)と目の中の出血(網膜出血)の三徴候がそろえば機械的に行われ、ベッドからの転落や家庭内での転倒と親が説明しても、児童虐待を隠すための嘘として無視される場合があるという。

 

いっぽうで、児童虐待を専門に扱う小児科医の溝口史剛は、逆に児童虐待が見逃されていることが問題だとして、SBSえん罪の「検証」を行う人びとを非科学的なクレイマーと批判して次のように書いている。

「SBS検証プロジェクトのHPの言説をもとに、一時保護に強硬に反対する養育者に児童相談所が“屈服”してしまう事態が発生してしまっている、とのSOSも少なからず聞かれるようになっている。(中略)「声の大きい側の意見が通ってしまう」という状況は、あまりにアンバランスである。」(R・リース、溝口訳『SBS:乳幼児揺さぶられ症候群』金剛出版、訳者後書き、323頁)

部外者から見れば、科学(生物学)に基づいた研究や診療が行われ、エビデンス(証拠)に基づいて客観的に判断が下されるのが医学のあり方だと思えるかもしれない。

だが、多くの医療者自身も気づいていることだが、そしてこのSBS論争を見ても分かるとおり、それはある種の理想論であって、現実とはかけ離れている。

臨床医学のなかでは、ある状態が病気かどうか、その原因や責任はどこにあるか、治療・予防にはどうすればいいのか、かんかんがくがくの論争(コンテステーション)があふれかえっている、というのが医療社会学の見立てだ。

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