〔PHOTO〕笹久保伸

東京オリンピックの裏で、ダイナマイトで爆破され続ける「神の山」

二度と戻らない風景がある

来年、東京にオリンピックがやってくる。東京から電車で約2時間の埼玉県・秩父に暮らす自分にオリンピックの実感はまださほどないが、都内ではいたるところでオリンピック関連工事が行なわれている。

東京オリンピックと秩父。一見するとあまりにも無関係なように見える2つのワードだが、これらの関係を考えるとき、日本社会のある構造が見えてくる。

私の胸には、ずっと棘のように引っかかっていることがある。幸か不幸か、この胸の引っかかりがなければ、私はふるさとである秩父に留まっていないだろうし、ましてや秩父を題材にアート活動をしようなどとは思ってもみなかっただろう。引っかかりとは秩父・武甲山をめぐる環境破壊問題のことで、この山について語ろうとするとき、深い悲しみと怒りが波のように押し寄せてくる。

秩父の人にとって「いつもそこにいる親」

私は埼玉県秩父郡横瀬町中郷地区に育った。秩父のシンボルと言えるのが、秩父市と横瀬町の境界にある独立峰、武甲山だ。

武甲山〔PHOTO〕笹久保伸
 

武甲山は奥秩父山塊への入口に位置し、古来から現代まで秩父地域における神の山とされてきた。日本三大曳山(ひきやま)祭り※1に数えられる秩父夜祭(2016年にユネスコ無形文化遺産)も、武甲山信仰が土台にある。

武甲山信仰は、秩父に暮らす人々の間に深く根づいている。山岳信仰において、祖先の霊は山に籠ると考えられる。山から里へと流れる水が田畑を潤し、秩父の人々も山を敬いながら暮らしてきた。

春には、武甲山の伏流水が湧き出る今宮神社へ秩父神社の神官がお水(水幣)をもらいに行く水分神事に続き、秩父神社では今年の豊作を祈る御田植祭が行なわれる。秋の収穫が終わると秩父夜祭(秩父神社冬季例大祭)があり、一年の感謝を込めて祈り、龍神(大蛇)を武甲山に返す。この再生・循環の思想が、秩父谷の信仰の源だ。

武甲山は神の山であると同時に、人々にとって非常に身近な存在でもある。「武甲山に雲がかかってきたから雨になるぞ」というのは、いまでも秩父住民の日常会話だ。祖父母の世代までは山麓へ薪を拾いにも行っていた。秩父の人間にとって武甲山はいつもそこにいる親のような存在であり、私たちは武甲山の子供であると言ってもいいだろう。

だが、そんな神の山は、日々ダイナマイトで爆破され続けている

※1 山車を引く日本の三大祭り。他に、京都の祇園祭、飛騨の高山祭がある。