死体は語る…80代認知症妻を解剖してわかった「厳しい現実」

警察から認知症と聞いていたが…
西尾 元 プロフィール

妻の首を絞めた夫

警察からの解剖依頼はメールで受け取ることにしている。

メールの内容によると、亡くなったのは夫婦で、認知症の妻を夫が介護していたらしい。将来を悲観したらしく、夫が妻の首を絞めて、自ら首を吊ったのだという。遺書もあって自殺ということなので、夫は解剖しないことになった。

妻を見ると、顔面が赤くうっ血している。結膜には溢血点があり、出血している。首には、手指の痕が僅かだが残っていた。手で首を締めることを「扼頚(やっけい)」という。

首の皮膚を解剖して、皮下組織を見ると、指で圧迫された部分に出血がある。舌の根元あたりも出血している。出血するのは、その場所に体の外から大きな力が加わった証拠なのである。

解剖すると、妻の体には首を圧迫されて窒息死した遺体に見られる所見がいくつも揃っていた。死因は、「首を圧迫されたことによる窒息死」にちがいなかった。

 

解剖してわかった意外な事実

悲しい事件なのだが、死因はわかった。解剖を続けて、おおかた、解剖も終わろうとしていたのだが、妻の頭蓋を開けて脳を観察したとき、予想もしていないことがわかった。

解剖する前に警察から聞いた話では、妻は認知症だということだった。

だが、頭蓋から取り出した妻の脳を見ても、認知症のようには見えない。認知症になれば、脳は萎縮する。脳細胞の数が少なくなるので、脳の容積が小さくなり、脳のシワが目立つようになる。

だが、そうした変化は、妻の脳には見られなかった。その代わりに見つけたのは、複数のがん組織だった。ピンポン玉くらいの大きさのがん病巣が脳の中にいくつもできていた。

結局のところ、妻は認知症ではなかった。脳腫瘍だったのだ。妻は認知症の症状があったのだが、それは認知症のためではなく、脳にできたがんのためだったことになる。

夫は妻の症状を認知症によるものだと思い込んだ。病院で詳しく検査してもらっていれば、脳腫瘍という診断ができたと思うのだが、診断されていなかった。

もし、妻の症状が脳腫瘍によるものだとわかっていれば、夫は、妻に手をかけただろうか。この後わずかの時間で、妻ががんで亡くなることがわかっていれば、そのようなことはしなかったにちがいない。

しかし、夫が妻の症状を認知症と思い込んだのは、仕方がないかもしれない。最近では、いろいろなところで認知症のことが話題になっている。妻が認知症だと信じた夫のことを悪く言うことなどだれにもできない。