〔PHOTO〕立木義浩
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ウイスキーを飲みながら振り返る、偉人たちの「最期の言葉」

タリスカー・ゴールデンアワー27回(後編)

提供:MHD

⇒前編【ウイスキーを飲みながら、野口英世の偉業に思いを馳せる】から続く

(構成:島地勝彦、撮影:立木義浩)

西村: ボブさん、タリスカースパイシーハイボールのお代わりをいただけますか。これは本当に飲みやすくて、ついつい口も滑らかになってしまいます。

ボブ: もちろんです。いくらでもお作りします。遠慮なくおっしゃってください。

シマジ: そうでしょう。わたしがワイン好きの西村さんにあえておススメする理由がわかりましたか。

ところで、西村さんが『日本人、最期のことば』(飛鳥新社)を書きたくなったのは、やっぱり若いときの読者経験が影響しているんじゃないでしょうか。

西村: たしかに、十代で読んだ伝記本の影響が強いですね。『プルターク英雄伝』がうちの親父の書斎にありまして、そのなかのシーザーの伝記を読んで感銘を受けたのですが、いちばん印象に残ったのは、シーザーの言葉です。

元老院で配下の連中に暗殺されるじゃないですか。いちばん可愛がっていたブルータスに刺されたとき、シーザーが「ブルータス、おまえもか」と言った話ですね。ああいうのが印象に残っていて、最期のことばに惹かれるのかもしれません。

シマジ: わたしの場合は十代で耽読した『世界ノンフィクション全集』(筑摩書房)でしたね。「タイタニック号の最期」なんかは、最近もう一度読み返してみたんですが、やっぱり第一級のノンフィクションでした。どうしてこの翻訳本に興味を持ったのかといいますと、サマセット・モームの名訳で知られた中野好夫さんの編集だったからです。

西村: 十代で読んだ面白くて強く影響を受けた本をもう一冊思い出しました。『ソクラテスの思い出』(クセノポン著)という本です。ソクラテスは哲学者ですけど、スポンサーは全部ギリシャ人の大金持ちなんですね。ご存じのように、たくさんの子弟を抱えて教えていたんですが、その教育方針が反逆罪にあたるというかどで死刑を求刑されるんです。

そのとき大金持ちたちは船を手配して牢番を買収してあるから、ソクラテスに一緒に逃げましょうと説得するんですが、ソクラテスは「法律ほど尊いものはない。たとえ間違った審判であっても、わたしは死刑という裁きに従う」と言うんです。

そこへ獄卒が「そろそろ毒盃を飲んでいただく時間です」と言いにくる。そばにいた奥さん、ソクラテスは3度結婚していて最後の奥さんは10代だったかな、子供もいるんですが、その若い奥さんが泣きわめくんです。そうしたらソクラテスは、大金持ちの富豪たちに向かって「申し訳ないが、その女を外に出してくれ」と言う。これがソクラテスの最期の言葉です。

シマジ: 西村さんはそのころから人間の死に際の「最期の言葉」に興味があったんですね。

西村: そうかもしれません。簡潔な言葉のなかにその人の人生が集約されていて、そこに迫力というか、なんともいえない魅力を感じます。

ヒノ: シマジさんは100人の怪物たちのなかで夏目漱石を取り上げていますよね。同じく西村さんの本も漱石を扱っています。お二方は漱石をどうみていますか。

シマジ: わたしは漱石の教育者としての怪物性に光を当ててみました。漱石はモーレツ教師だったようですね。だから俊傑を何人も世に送り出しています。寺田寅彦などはその1人です。

ヒノ: 英国に3年間留学したあと、東京帝国大学文科英文学科の先生をするんですが、前任者がラフカディオ・ハーンだったのではじめは大変だったでしょうけど、すぐ大人気を獲得したそうですね。

シマジ: 漱石の英語力は並々ならないものだったらしいです。「諸君のご希望によって、講義中は全部英語でお話してもよろしいか」とはじめたらしいです。とくにシェイクスピアの講義が人気だったようです。

西村: いまに至るまで、英語の作品を読む理解力において漱石の右に出る人はいなかったようです。でも漱石は10歳年下で悪妻の誉れ高い鏡子夫人との間に計7人の子供がいました。ですから大学の講師として貰う年俸800円ではとても喰っていけないので、朝日新聞に社員として入社して、小説家として生活が保障されて、執筆に専念出来るようにと再出発したのです。

そして『虞美人草』の連載が朝日新聞ではじまったわけですが、その人気は、同じ朝日新聞紙上で連載していた尾崎紅葉の『金色夜叉』と二分したほどでした。

シマジ: そんな漱石の最期の言葉が振るっています。

西村: そう、「いいよいいよ、泣いてもいいよ」ですからね。鏡子夫人が書き残した『漱石の思い出』のなかで語られるドラマティックな場面です。

ヒノ: まだ西村さんの本を読んでいらっしゃらない読者のみなさんに説明しますと、小学校に通う末娘が臨終の枕元であまりにもやつれた父親の顔をみてしくしくと泣き出す、すると母親が「こんなところで泣くんじゃない」となだめる、それを聞いた漱石は目をつぶったまま、「いいよいいよ、泣いてもいいよ」と言う。これが文豪の最期の言葉だったそうです。

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