昭和史が人気でありつづける理由…私たちが学べる教訓とは?

「昔、あった悲劇」ですまさないために
井上 寿一 プロフィール

ラジオのフェイクニュースの代名詞として今も用いられているのが大本営発表である。しかしすでにいくつかの著作(辻田真佐憲『大本営発表』、保阪正康『大本営発表という権力』)によって明らかになっているように、当初の大本営発表は、正確な情報を伝える(戦果の下方修正もあった)ことで、国民から戦争協力を調達しようとしていた。

要するにメディアは情報の双方向性を持つ。メディアをとおして国家が一方的に国民を戦争に動員することはむずかしい。「民意」が戦争熱を煽ることもある。双方向性のあるメディアに求められているのが正確な情報であることは、戦前昭和も今も同じである

 

軍事戦略の失敗の教訓

敗戦後も今も昭和史に対する変わらない関心は、なぜ戦争に至ったのか、戦争になったとしてもなぜ早期に終結できなかったのか、との疑問である。仮に戦争が1944年で終わったとすれば、東京大空襲、沖縄戦、2つの原爆投下、ソ連の対日参戦はなかった。戦争の惨禍は末年の1945年に集中している。

1944年までに戦争終結が実現できなかった要因の1つは陸海軍の戦略の不統一である。どこかで一度、大打撃を与えて戦争終結に向かう。それには陸海軍の戦略の統一が欠かせなかった。

ところが現実の敗戦に至るまで、陸海軍の戦略の不一致は続いた。さかのぼれば、日米開戦時も陸海軍の組織利益の対立が開戦回避の可能性を失わせたことに思い当たる。

東条(英機)内閣は、首相の出身母体=陸軍の組織利益を守るかのように、開戦回避の責任は外務省に押し付け、開戦の決意は海軍に求める意思決定をおこなっている。組織利益を守って国が亡びる。

このようなことは70年以上前の2度と起こらないことと済ませるわけにはいかない。今日においても、個別利益は守れても、全体の利益は失われる、そのような事例が多いからである。共通の目標を掲げて、全体の利益のために協力する。戦前昭和の歴史は教訓に満ちている