一方、89年版『バットマン』や2008年の『ダークナイト』に登場するジョーカー、また新旧『IT』に登場するペニー・ワイズには、そういった同情すべき余地はない。彼らは自分の欲望の赴くまま殺人を重ねていく。
このようなただ恐ろしい存在としてのピエロについても、先例がないわけではない。
1982年の映画『ポルターガイスト』には子どもが恐怖する対象としてピエロ人形が登場するし、1986年にはピエロの姿をした宇宙生物が人々を食い殺す『キラークラウン』という映画が公開されているなど、ピエロそのものを恐ろしいとする作品は複数存在している。
いずれにせよ、笑みをたたえ、顔を白く塗った異形の殺人鬼というビジュアルは、我々に恐怖を覚えさせる。
このピエロに対する恐怖に影響を与えた存在として例に挙げられることが多いのが、現実においてピエロとして活動しながら、連続殺人を犯し、“殺人道化師”の異名を与えられたジョン・ゲイシーという人物だ。彼は1970年代に児童を連続して誘拐し、殺めた。
ゲイシーは道化師の恰好でパーティに現れ、子どもたちを楽しませていた記録が残るが、実際に犯罪をする際には道化師の恰好はしていなかった。またこの事件の影響か、アメリカでは一九八一年には正体不明の道化師がワゴン車に乗って現れ、子どもを誘拐しようとしたという都市伝説が流布した。この道化師は「ファントム・クラウン」と呼ばれ、追跡したパトカーの前で煙のように消えてしまったなどと語られた。
このように道化師に対する恐怖は古くから存在していた。それを決定づけ、大きく広めたのが、『バットマン』や『IT』であったのではないかと思われる。
ちなみに日本特有の現象として、1990年代には学校の怪談の中で鏡の中から現れるピエロや、刃物を持ったピエロ、鋭い爪を持ったピエロが子どもを襲うという怪談が流布していた。当時の子どもたちにとって既にピエロが人を襲う人ならざる存在として認識されていたことがうかがえる。これについては昭和の時代によく語られたように、サーカスが子どもを攫う存在であり、ピエロがその一員であったというイメージもまた背景にあるのかもしれない。