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老舗蔵元の社長、230年の伝統より守るべき「あえてのこと」

「笛木醤油」12代目笛木吉五郎社長に聞く

創業寛政元年(1789年)、今年230周年を迎えた埼玉県の醤油メーカー、笛木醤油を取材した。同社がある比企郡は水が豊かで大豆・小麦の栽培も盛んな醤油の産地だったが、今、伝統の味を伝えるのは同社だけ。なぜ笛木醤油の「金笛」は地域で長く愛されたのか。12代目笛木吉五郎社長に話を聞いた。

醤油が死ねば、料理も死ぬ

醤油は各地に蔵元がある“地元の味”。日本酒と同様それぞれの地域で洗練され、名産品の味を引き立てます。だから醤油が変わったら、昔ながらの名物料理の味は二度と再現できないのです。そこで当社は、地域のため、頑なに伝統的な製法を守ってきました。

発酵時には菌が快適に暮らせる木桶を使っており、最も古いものは150年前から現役です。木桶の職人さんは減っているので、工芸文化を守るため、積極的に新しい桶も発注しています。また「木桶初しぼり」という商品の大豆は、地元の名産で糖度が高い「青山在来大豆」を使っています。近隣の農家の方に栽培を依頼し、継続的に生産していただくため全量買い取っています。

苗木吉五郎社長。今も木桶が使われる笛木醤油の蔵の様子。昔ながらの「櫂棒」を使って、諸味を丁寧にかき混ぜる

すると、大手さんの商品に比べ高価にはなりますが、こうして地域の味や文化を大切にすることが、イコール、差別化に繋がっているのです。もし大手さん同様の商品をつくっていたら、とっくに淘汰されていたでしょう。

 

子どもの頃から醤油の香りが好きでしたが、ブラジルにサッカー留学をした時、現地の貧しさに衝撃を受け、将来は発展途上国とのフェアトレードなど、世界の貧富の差を埋められる仕事に就きたいと考えました。高校3年生の時、父が白血病で急逝しても気持ちは変わらず、母は泣きましたが、大学へ進学し、米国へ留学しました。

しかし、私は留学先で父の形見を見たのです。現地で親友になった米国人が、夏休み、画像つきのメールを送ってきました。画像は当社の「金笛」を写したもので「地元のスーパーで見たぞ!」と書いてありました。

父は生前、世界進出を夢見て輸出を始めていたんです。そして、メールはこう続いていました。「なぜキミは自分のルーツを大切にしないんだ? 日本の伝統を大切にすることが君のミッションなんじゃないのか?」と。