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中国「教授拘束事件」の意味…内外の研究者に及ぶ管理・統制

関係「改善」とともに進む対日強硬策

国立大学教授拘束事件が落とす影

日本の国立大学の教授が、2019年9月社会科学院近代史研究所の招聘を受けて訪中したあと、同研究所の手配したホテルで当局に拘束されたとの報道がなされ、中国政府もそれを認めた。

もし十分な証拠もなく拘束したならばそれは人権問題でもあるし、何かしらの政治的な意図に基づく行為であるのならば、それが中国の国際的な心象、あるいは日中関係などに落とす影は計り知れない。

この拘束されたとされる教授の容疑については、報道では反スパイ法に抵触したとされるが、外交部のスポークスマンはただ「中国の法律に違反した」としか言っていない。

 

日本政府は、9月末の日中外相会談、10月の安倍総理と即位の礼儀式のために来日した王岐山副首相との会談、そして11月の東アジアサミットに際しての安倍総理と李克強首相との会談などにおいて日本側から何度も問題の「解決」を求めているが、11月4日現在、拘束は継続しているという。

日中領事協定に基づいて領事接見は行われているが、当該教授の安否が懸念されるところである。

この拘束されたとされる教授は、中国近現代史を専攻し、主に日中戦争史の研究者として知られる研究者のことだと思われる。

この教授は、昨今は盧溝橋事件前後の日中和平交渉などで緻密な実証論文を公表しており、2018年9月、すなわち一年前も同じ研究所から招聘されて講演を行なっている。今回も同じ要領で招聘され、講演が行われる予定であったと思われるが、今年の講演の予定などは当該研究所のウェブサイトには掲載されていない。

日本の研究者が中国で拘束された事例は、知られているだけでも、これまで複数存在する。

日本の私立大学、国立大学で教鞭をとる中国籍の研究者が長くて数ヶ月、短くて数日、数週間拘束された事例はこれまでも知られてきた。また日本の国立大学で学ぶ中国籍の大学院生が資料収集に帰国した中国で国家機密漏洩罪に問われて10年以上の実刑を受けたこともある。そして、日本籍の研究者が中国に飛行機でついた途端に入国を拒否された事例もある。

日本の一部の学会はこれまでもこうした案件について、しばしば抗議の姿勢を示したが、今回の事例についても多くの学会や研究者の団体、そしてメディアも強い懸念を示している。