中国内陸部の少数民族が多く住む辺境地帯、すなわち内モンゴル自治区と新疆ウイグル自治区は、恐竜化石の出土が非常に多いことで知られている。だが、いまいち知られていないのがもうひとつの内陸辺境地帯・チベット自治区の事情だ。
チベット高原は「世界の屋根」と呼ばれ、平均標高は富士山の頂上よりも高い4000メートル前後に達する。普通に街にいるだけで高山病を発症する人がいるため、ある程度しっかりしたホテルには酸素ボンベが常備されているほどだ。
また、2006年に青海省ゴルムドからチベット自治区の区都ラサまでの鉄道(青蔵鉄道)が開通したことで以前よりはアクセスが容易になったが、チベット自治区は中国の少数民族問題のホットスポットでもある。外国人は旅行会社のツアーに参加して入域許可証をもらった状態でなければ入れないなど、自然環境と政治の双方で訪問のハードルが高い。

チベット自治区には、東部のチャムド市付近のダマラ一帯にジュラ紀後期の地層があり、いくつか恐竜化石が見つかっている。ただ、発掘作業をおこなうには標高約4000メートルの高原は環境がハードすぎるためか、現在までに見つかった恐竜の種類は多くない。
今回の記事では、そんなチベットの恐竜事情をあえて紹介してみよう。
辺境の謎の恐竜は曲竜か?
まず、チベットで見つかった代表的な恐竜として知られるのがモンコノサウルス(Monkonosaurus:芒康龍)だ。漢字名の由来である芒康県(チベット名:マルカム)はチャムド市に属する県で、チベット自治区の最東端、雲南省や四川省と接している。
余談ながら、県内を流れる金沙江と瀾滄江はそれぞれ長江とメコン川の上流部分に相当する。

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モンコノサウルスは1977年1月、中国科学院の青蔵高原総合科学考察隊・古脊椎動物考察グループがチャムド付近でおこなった調査のなかで見つかっている。チベットでは最初期に発掘された恐竜である。
見つかった化石は全身のごく一部で、仙骨と2つの椎骨、さらに3つの板のような骨板だった。発見者の古生物学者・趙喜進(Zhao Xijin)はこれが曲竜(アンキロサウルスなどの仲間)の化石だろうと見当を付け、1983年に現地の山である拉烏山にちなんでモンコノサウルス・ラウラクス(Monkonosaurus lawulacus:拉烏拉芒康龍)という模式種名を付け、論文を発表する。
もっともその後、董枝明(Dong Zhiming、本連載ではお馴染みの中国恐竜学の泰斗)が研究をおこなったところ、モンコノサウルスは剣竜(ステゴサウルスなどの仲間)であることが判明した。