グレタ・トゥンベリ氏、国会デモ…「若者の社会運動」賞賛するリスク

若者を「代弁者」にしていないか
富永 京子 プロフィール

ここで、一つの記事を引用したい。日本でも「若者の社会運動」として、2015年に行われた安保法制への抗議行動がメディアで取りざたされたことがあった。

2015年のデモでも「若者の社会運動」に注目が集まった〔PHOTO〕Gettyimages
 

その中でもシンボリックな役割をしていた「戦争したくなくてふるえる。」デモのオーガナイザーであった高塚愛鳥(まお)さんに対するインタビュー記事である。彼女もまた、トゥンベリさんや他の安保法制への抗議行動に参加した若者のように、外部からのバッシングに加え、内部からの賞賛に悩んでいた。

ニュースで紹介されるたびに、インターネット上では「バカは黙れ」「フリーターのくせに自分の将来を心配しろ」などと、心ない言葉をさんざん書き込まれた。あからさまな敵意は無視した。なるべくネットも見ないようにした。でも本当に厄介なのは、味方だと思っていた人の中に自分を利用するだけの人が交じっていることだ。
「ふるえるデモのまおちゃん」の知名度をあてにして、客寄せパンダのように集会に呼ぶ大人。「頑張ってるね」とすり寄ってきて、延々と自分のことをしゃべり続ける大人。「教えてあげる」と上から目線で説教する大人…。(北海道新聞 2017.1.27朝刊)

このような経験は、筆者が聞き取りを行った若者たちからも多く聞かれた(この調査データは、富永京子,2017『社会運動と若者』に掲載されている)。筆者自身も社会運動組織の運営する講座などで話すことがあるが、もはや「若者」とは言えない筆者の経験から言っても、年長者からの「質問」と称した熱い持論展開や、突然の馴れ馴れしい態度などに辟易した経験がある。

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