合理性の内側にいればヘタレになる

宮台 僕が麻布的な経験をひとに話すときにいちばん言いたいのは、やっぱり合理性の内側にいれば、人間はつまらないヘタレになるっていうことですよね。ノイズ耐性も減るし、計算不可能なものを怖がるようになるし。それと枠の中でしか行動できないから、たとえば旅行もつまらない旅行。留学などもつまらない留学。恋愛もつまらない恋愛しかできないようになるんですよね。旅行も留学も、恋愛も、これは羽目を外すチャンスなんですね。枠の外に出て過剰なゲームに身を投じるチャンス。だけども、そういう伝統って社会からほとんど消えたんですね。

―枠の外に出ることを過剰に恐れる社会のなかで、学校も萎縮している。

宮台 親がもう劣化している。大人がすでに地位達成に汲々とするような、ヘタレだらけになっちゃったんですよ。それを考えても、そもそも麻布的な伝統が続くはずなんて、もうないんですね。だから麻布が方針転換をしたのではない。麻布は方針転換にはずっとあらがってきて、結局多数決っていうか、民主主義に負けたんですね。民主主義だから劣化する。

―それが世界的に進んでいると宮台さんはおっしゃってますよね。

宮台 進んでいます。その理由は簡単なことですね。やっぱりシステムに依存するようになったからですね。分断されて孤立した状態でもAmazonのeコマースとインターネットがあれば実際に生き延びられるし、SNSとユーチューブがあれば孤独を感じないですむし。そうするとやっぱりノイジーなものを避けるでしょ。見たいものしか見ない。たこつぼ化が進むわけです。

そうすると二つ重大なことが起こります。まず社会の全体が見えなくなる、あるいは全体という概念がなにかということさえわからなくなっていく。あとは、こちらのほうが重要だけれど、やっぱり「法の外」や「言葉の外」に対する感受性を失うんですね。それは対面ではないからっていうことが大きい。あるいは見たいものしか見ないっていうことが大きいですよね。そうすると当然「法の奴隷」と「言葉の自動機械」が増えるんですね。これは、インターネットをベースにしたマルチチャンネル化が必然的に引き起こす流れです。いま世界中で、男女の出会いのメインは出会い系なんですよ。

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―出会いまでシステム化してるんですね。

宮台 男子校が男子校であることに意味があった時代について、いま語っているわけですけれど、あるいはもっと言うと、おおたさんがこの本(『新・男子校という選択』)で描かなければいけないのは、かつて存在した男子校とか女子校とかのアドバンテージを取り戻すために、少なくとも親がどういう態度をとられなければいけないのかっていう困難だと思うんですよ。

―なるほど、そういうことですね。ありがとうございます。