教育ジャーナリストのおおたとしまささんは、長く中学受験の現場を取材し続けてきた。自身も麻布中高の出身で、「中高一貫教育」「男子校」「女子校」の利点と欠点を知り尽くしている。その上で現状を取材してまとめたのが『新・男子校という選択』と『新・女子校という選択』(ともに日本経済新聞出版社)だ。今回はその「男子校」にクローズアップする。

本書は、「男子校礼賛」の甘く優しい一冊ではない。それどころか、同じく麻布中高出身の社会学者・宮台真司さんとおおたさんの対談はなかなか攻撃的ともいえる。「親の受験」とも言われる中学受験において、「親の立ち位置」によって、良いものも劣化するという鋭い指摘が含まれているのだ。その「攻撃的対談」を『新・男子校という選択』より抜粋掲載してお届けする。

半年授業がなくても
東大合格者2位だった麻布

―宮台さんが麻布にご入学されたのが。

宮台 1971年。まだ学園闘争がありましたね。1973年ごろ、中3まで学園闘争が続いたので、実際に授業を受けた時間は、正規の多分半分もあるかないかなんですね。中1のとき、文化祭で内ゲバ乱闘事件が起こって。

―中学校としては全国初のロックアウトですね。

宮台 それで半年ぐらい授業がなかったんですね(実際のロックアウトは38日間)。でも僕らの学年は麻布で、東大合格者が歴代2位。それは麻布の教員の間では、長く語られていましたね。教員の意図や親の意図の貫徹という意味での教育の成功は、教育の失敗であるという逆説ですよね。

東大安田講堂 Photo by iStock

―授業がなくて、どうしていたのですか?

宮台 先輩の影響でジャズ喫茶やアングラ芝居に行ったりとか。ロックからプログレ、さらに実験ロックへ行っちゃったりとか。要するに麻布で負けようが世間では勝ちっていう確信のなかで余計なことをやっているやつが大半だったっていうことですね。数年前まで(実際は2013年3月まで)校長を務めていた氷上信廣先生からは、僕が中2か中3のころに、エーリヒ・フロムを含めてフランクフルト学派の本を読めと薦められたり、高橋和巳や埴谷雄高を薦められて「両者の違いをよく考えながら、読み進むんだ」っていうふうに言われたりとか。吉本隆明や廣松渉を薦められたりとか。ほかのやつが付いてこられないことをやる。

―教養主義を超えた卓越主義の文化がある学校だった。

10年以上前から親の世論が変わってきた

宮台 でもいまはもうそうじゃないですね。10年以上前から麻布では親の世論が変わったんです。

―親が学校に求めるものが変わってきた?

宮台 麻布って受験勉強をさせないっていうか、受験教育しなかったわけですよね。ほぼ中3までで、大体高2、あるいは高3の分野までやってしまうので、そのあとは大学の教科書を使ってたり、受験と関係ないことを教員が好きなようにやっていた。国語の時間、自分が見た映画の話を、淀川長治ばりに、ほんとに高度な再現性をもって語り、それについて議論させるっていうようなことをやった先生もいた。

―生徒たちの間でも、「それがいい」みたいなところがありましたよね。

宮台 それが今世紀に入るころから、「何で受験勉強させないんだ。何で受験教育をしないんだ」ってとんまな親が増えてきて。どんどん普通の学校になりつつある。茶髪にするとか、日焼けサロンに通うとか、ナンパするとかは引き継がれているけれども、それは形だけで、魂は引き継がれていない

―それは残念ですね。麻布生としてはそれだけではダメだと。

宮台 たしかに卓越主義的な感情エリートの競争ゲームも、もちろん麻布のなかではマウンティングを意味する。そこでは感情的卓越性の地位達成という合理性があるんだけど、とられる手段が合理性の内側にとどまらない、枠の外側に出るというゲームだったんですよ。それを僕らは「嫌なやつごっこ」って言ってました。

―嫌なやつごっこ。

宮台 ほかのやつが付いてこられないことをやると。だからたとえば、アニメについても、音楽についても、ほかの人間が絶対に付いてこられない知識、あるいは体験を蓄積する。合理性の外側に出るという意味での過剰さをどれだけ引き受けるかということを通じた地位達成なんです。