“大器晩成の歴史家” 保阪正康が語る「昭和史研究と我が人生」

「保阪正康の仕事展」観覧記
近藤 大介 プロフィール

「十を知って一を書く」保阪史観

だいぶ脇道にそれてしまった。「保阪正康の仕事展」に戻ろう。展示会では「年表の一行を一冊に」という保阪氏の言葉を表題にして、これまでに著した146冊がズラリ並び、それぞれに解説がつけられていた。記念すべきデビュー作は、32歳の時に、1930年代に法華経系統の新宗教「日蓮会」の青年部「日蓮会殉教衆青年党」(通称「死のう団」)を巡って発生した一連の騒擾事件を描いた『死のう団事件 軍国主義下の狂信と弾圧』(1972年)である。

 

著名な政治評論家・伊藤昌哉のベストセラー『実録 自民党戦国史―権力の研究』(朝日ソノラマ、1982年)も、実は保阪氏がゴーストライターだったと本人から聞いたことがあるので、本当はもっと多いはずだ。

私は、自分が読んだことのある作品を数えてみた。後期のものが多く、全体の半分強くらいだった。唯一の小説『歪んだ回想録』も含まれている。

ノンフィクションばかり書いていると、ふと小説を書いてみたくなるものだ。ノンフィクションでは、登場人物のセリフ一つ取材するのにも四苦八苦するが、小説では自由自在に書けるからだ。

展示会には、同志社大学時代に書いた演劇の脚本も展示してあった。特攻隊員をテーマにした『生ける屍』という作品だ。脚本家を目指し、シナリオ学校に通った時期もあったという。

それにしても、これだけ多作だと通常の作家なら、出版業界用語で言う「左手で書いた本」(もしくは「手抜き本」)も散見されるものだ。だが、私が読んだ保阪氏の著作のうち、ただの1冊たりともそのような本はない。すべて精魂込めて書いている。だから尊敬できるのだ。

加えて、晩年にベストセラーが続いているのも、保阪氏の特徴だ。若い頃に一発当てて、その余力で生きている作家も多い中、保阪氏は数少ない「右肩上がりのノンフィクション作家」なのである。

最近では、昨年7月に発売した『昭和の怪物 七つの謎』(講談社現代新書)が、20万部のベストセラーになった。

<第一章 東條英機は何に脅えていたのか 第二章 石原莞爾は東條暗殺計画を知っていたのか 第三章 石原莞爾の「世界最終戦論」とは何だったのか 第四章 犬養毅は襲撃の影を見抜いていたのか 第五章 渡辺和子は死ぬまで誰を赦さなかったのか 第六章 瀬島龍三は史実をどう改竄したのか 第七章 吉田茂はなぜ護憲にこだわったのか>

前述の先輩編集者・中村勝行氏が、定年退職前に担当した最後の、そして乾坤一擲の作品で、抜群に面白い。

続いて、今年4月に発売した『続 昭和の怪物 七つの謎』(講談社現代新書)が7万部と、再びベストセラー街道を驀進中である。

<第一章 三島由紀夫は「自裁死」で何を訴えたのか 第二章 近衛文麿はなぜGHQに切り捨てられたのか 第三章 「農本主義者」橘孝三郎はなぜ五・一五事件に参加したのか 第四章 野村吉三郎は「真珠湾騙し討ち」の犯人だったのか 第五章 田中角栄は「自覚せざる社会主義者」だったのか 第六章 伊藤昌哉はなぜ「角栄嫌い」だったのか 第七章 後藤田正晴は「護憲」に何を託したのか>

どれも奥深いエピソードだ。ノンフィクション作家には、「一を知って十を書く」タイプもいるが、保阪氏の場合は「十を知って一を書く」。だから読者は安心して、「保阪史観」に身を委ねて読み進められる。