車いすの母は“徳積みボーナスチャンス”だった

そして、不思議なことがもう一つ。助けてくれた人に「ありがとう!」と伝えると、一様に、キョトンとされます。「何を言っているの、この人は?」とでも言いたげな顔です。戸惑った私は、思わずミャンマー人の通訳さんに「この国では、車いすを押すフラッシュモブでも流行ってるんですか?」と尋ねてしまったほどでした。案の定、通訳さんもキョトンとしていました。

真相は、ミャンマーの宗教の考え方にありました。ミャンマー人の90%近くは、仏教を信仰しています。日本とは違い、主流は上座部仏教です。輪廻転生という、生まれ変わりの概念があります。現世で良いことをして徳を積めば、より良い来世を送ることができるということ。

なるほど、なるほど。彼らは皆、徳を積んでいたのです。車いすに乗る母を助けることによって。バリアだらけの街で車いすに乗っている母は、絶好の徳積みボーナスチャンスだったのでしょう。彼らは、彼ら自身の来世のために助けただけ。だから、お礼を言われるのは珍しいそうです。断じて、フラッシュモブなどではありません。

私と母は「とっても優しい国ですね」と、ミャンマーを絶賛しました。すると、通訳さんは、どうも苦く笑うのです。

「でも、車いすに乗っているミャンマー人は、ほとんど見かけないでしょう?」

そう言われて、ハッとしました。車いすに乗っているのは母くらいで、たまに見かけても、それは外国からの観光客でした。どれくらい車いすがめずらしいかと言うと、母と市場に行くと、ミャンマーの托鉢僧の子どもたちが「こんな乗り物初めて見た!」と言って、母の後をズラズラと追いかけてきたくらいです。

ミャンマーの市場で車いすを見に集まってきた托鉢の子どもたち

「輪廻転生には、障害者は前世で悪いことをした人、という考え方もあるからね」

通訳さんが言うには、障害者が困っていたら自分のために助けるけど、障害者と一緒に働いたり、社会進出を応援したり、と思う人はほとんどいないとのこと。田舎の農村地域などでは、障害者が生まれたら「家族の恥」として、死ぬまで家に閉じ込めることもあるそうです。今の日本ではまずありえない考え方に、衝撃を受けました。

上座部仏教のおかげで、私たちはミャンマーで不自由なく過ごすことができたけれど、それはミャンマー人の障害者が生きやすい社会とは、限らないのです。