37歳で不妊治療をはじめ、日本で3年半。その後台湾で卵子提供による不妊治療に変更し、つい先日出産した新垣りえさん。管理職をつとめながら日本でしてきた不妊治療は、スケジュールやストレスとの闘いだったと言います。

さまざまな葛藤を経て、台湾での卵子提供を決意したのは、自身の妊孕力の低下という現実に向き合って来たからでした。そこに至るまでにどのようなことがあったのでしょうか。

新垣さんの今までの連載はこちら

不安な中で出生前診断の結果を聞く

新垣さんが通っていたコウノトリ生殖医療センター診察室 写真提供/新垣りえ

今年4月に、昨年12月からお世話になってきた台湾のコウノトリ生殖医療センターを卒業し、台北市内の禾馨婦產科に転院した。医師の薦めもあり、妊娠10週目にあたる4月末には新型出生前診断を受け、翌5月には4か月検診として超音波スクリーニングで胎児に異常所見がないかを確認した。

前院で胎嚢も心拍も確認できていたにもかかわらず、なぜかこの頃まで自分に子供が出来たことを手放しで喜べないでいた。40歳以上妊婦における染色体異常児の確率や安定期に入る前の流産確率など、自分にはまだまだ越えなければいけない壁があるということの方が気になっていたのである。

5月22日に担当医師から結果を伺った際、手元のレポートの総合評価爛に「21トリソミー: 1/5359、18トリソミー:1/11240、13トリソミー: 1/8615」という記述を見つけた。私のお腹の子供がこれらの染色体異常をもって生まれてくる確率は限りなく0%に近いということのようだ。私の場合は卵子ドナーが23歳であることと、99%の検出精度と言われる新型出生前診断の結果も加味されているので、統計的に算出されたこれらのリスクは低くなるとの説明だった。

この説明を聞いて、2カ月前に妊娠判定を受けてから気になっていた染色体異常の懸念が払しょくされた。また、出生前診断を受けると胎児の性別が判明する。病院スタッフが男児であることを教えてくれた時に、「数多ある壁を乗り越えてやっとここまでたどり着いた」と心から喜ぶことができたのである。