2017年10月から始まった「乙武義足プロジェクト」。その2019年4月より9月末まで毎週日曜日に公開した連載は、回を追うごとに「このプロジェクトはすごいと思う」「技術ってすごい!」「乙武さんとチームの人たちの頑張りに感動」と応援の声が増えていった。そして先日、連載を加筆の上、『四肢奮迅』というタイトルのノンフィクション作品になった。

刊行を記念して、26回の連載の中でも、読者の方から多くの支持を得た3つの記事を、加筆した単行本バージョンで抜粋、再編成してお届けしている。

第3位は連載2回目、「五体不満足前」の元祖・義足プロジェクトについて。第2位は連載14回目、スランプに陥っていた乙武氏が「歩く動画撮影」に挑む姿だった。そして第1位に輝いたのは、連載22回、400グラムの義手が初めて付き、そこで大きな壁にぶつかったときのもので、10月までに259万1760PVを記録した。

当時の記事では、乙武氏のnoteにリンクを貼っていた。本記事では、当時の記事の途中から掲載、そのnoteの文章も含め、そこで吐露していた「開けてしまったパンドラの匣」についても初めてお伝えする。

ボランティアで挑んでいる「義足プロジェクト」で乙武氏本人も気づいてしまった「if」とはなにか。そして、わずかな「違い」や「重み」が壁となり、スランプに陥った状況から、果たして抜け出せるのだろうか。

パンドラの匣

「え、これが義手……」  

5月15日。
 
ついに「義手」が完成した。
 
私の身体の三重苦の一つ「腕がない」を克服するための練習が始まるのだ。わが家を訪れた義肢装具士の沖野氏が、キャリーケースから2本の義手を取り出した。その義手は、肩全体を覆うソケットからアルミ製のパイプが伸びただけの単純な構造で、幼少期にさんざん義手を使って物をつかむ練習をしてきた私にとっては、「え、これが義手……」と拍子抜けするほどシンプルなものだった。

「あくまでも試作品だと思ってください。歩行が安定するように、手でバランスをとるための義手なので。ちなみに、1本あたり約400グラムになります」

撮影/森清

沖野氏によると、この義手は、パラ陸上400メートルの日本記録保持者・池田樹生選手をはじめ、多くのアスリートが使用しているものと同じタイプだという。池田選手の義足や義手も沖野氏が担当しているそうだ。

「池田選手は、右足は膝下まで、右腕は肘 ひじ までしかありません。もともとは義足だけで走っていたのですが、3年前、もっと速く走るためには義手をつけたほうがいいと提案しました。義足と義手の相乗効果で記録を更新し続けていますが、乙武さんにもぜひ、義手の
効果を体感してほしいと思います」
 
第3章では、佐藤圭太選手のことを私の「兄弟子」に当たると紹介したが、この池田選手も私の兄弟子ということになる。兄弟子を日本記録へと導いた義手に、私もあやかることができるだろうか。
 
ところが、この日の練習のことを私はほとんど覚えていない。というのも、義手を振り回しては両手をカチャカチャとぶつけあったり、フローリングの床をトントンと叩いてみたり、あまりに「義手をつけた」ことによる印象が強すぎて、そのあとの歩行練習のことが記憶に残っていないのだ。
 
私は、このときの心情を文章にまとめて「note」に公開した。