萩生田大臣「身の丈」発言を聞いて「教育格差」の研究者が考えたこと

大学入試改革が、格差を拡大する可能性
松岡 亮二 プロフィール

日本の伝統芸「改革のやりっ放し」

私が最も気になるのは、制度を変更する前に、きちんとした「データ取得計画」が作られていないことです。これは「改革を実行する」こと自体が目的であって、そもそも効果を検証するつもりがないことを意味します。こうした点を自覚的に変えない限り、今回の入試改革もまた、戦後日本の教育行政で繰り返されてきた「改革のやりっ放し」になります14

おそらく今回の改革についても、制度変更の後、早くて数年後に研究者が工夫して、低SES層と地方出身者に不利な「改革」だったという実証知見を提出することになると思います。その頃には、制度変更によって不利益を受けた生徒たちは成人となり、変更がなければ受けていたかもしれない教育機会を喪失したまま、人生100年時代を生きていくことになります。

 

「身の丈」に合わせてしまったせいで、低SES家庭の生徒・地方出身者が、自身の可能性を追求できないことは、社会としても非効率です。ただでさえ少子高齢化で子供の数が減っているわけで、恵まれた家庭出身・都市部出身者の中「だけ」から各分野を将来牽引する人たちが出てくることを期待するのは、とても効率が悪いわけです。

低SES家庭・地方在住の子供たちが直面する有形無形の経済的・文化的障壁を可能な限り取り除き、一人でも多くの子供たちが挑戦する教育的価値のある選抜試験に向かって切磋琢磨することこそが、この社会を強化します。

今回の制度変更は、この方向の真逆に向かっていく「改革」です。民間英語試験の延期だけではなく、記述式問題を含め2020年度の大学入試改革を延期し、もう一度、ゼロから、一人でも多くの子供たちの潜在可能性を最大限に開花させるためには、どのような選抜制度があり得るのか専門家を交えて議論すべきではないでしょうか。

そして、今後ありとあらゆる制度について、それを変更する「前」から専門家と行政が協力してデータ取得計画を練り、すべての「改革」の効果がデータによって検証され、一人でも多くの子供たちに機会を提供できるよう教育政策が改善され続ける体制が構築されることを願っています。

本稿で紹介した知見は『教育格差』(ちくま新書)に基づいています。戦後から現在までの動向(1章)、就学前~高校までの各教育段階(2~5章)、それに国際比較(6章)について、議論の叩き台になるように多角的なデータをまとめてあります。データに基づいて社会全体の実態を俯瞰した上で、みなさんと「わたしたちはどのような社会を生きたいのか」(7章)を議論することができればと願います。

なお、出口治明氏(立命館アジア太平洋大学(APU)学長)による朝日新聞掲載の書評の全文が下記に掲載されていますのでご参照ください。
「教育格差」書評 数字で示す「緩やかな身分社会」

*1 「BSフジLIVE プライムニュース」ハイライトムービー(10月24日)から文字起こし(後数日でリンク切れ)
*2  「萩生田大臣の「身の丈」発言追及へ 立憲 枝野代表」
*3  「萩生田文部科学相 「身の丈」発言で陳謝 「説明不足な発言」」
*4  「“身の丈” 発言撤回し改めて陳謝 萩生田文科相」
*5  「萩生田文科相 英語試験 抜本的に見直し 5年後実施に向け検討」 
*6  衆議院文部科学委員会2019年10月30日。動画で確認
*7  「生まれた環境」による学力差を縮小できない〈教育格差社会〉日本(2019年7月24日)
*8  拙著でデータを示しているのは出身階層による格差の国際比較です。地域格差について同等のOECDデータは見当たりませんが、各国の研究を概観する限り、一定以上の人口と地理的な規模があれば地域格差が見られると思われます。
*9  ここでの大卒は、最終学歴が4年制大学あるいは大学院を意味します。
*10  社会経済的地位(Socioeconomic status=SES)とは経済・文化・社会的な有利さ・不利さを統合した概念で、一般的には、世帯収入や親の学歴・職業などで構成されています。前述の現代ビジネスの記事でも解説しています。
*11  前述の現代ビジネスの記事で解説しています。
*12  高SES層の親が制度に対応して有利になろうとする実態を示す研究については、拙著と巻末の引用文献をご参照ください。
*13  入試改革はかなり多岐にわたりますので、各論点については中村高康先生(東京大学)の論稿をご一読ください。シリーズ「学力」新時代3「大学入試をめぐる改革論議迷走の背景:部分的延期を提案する」(pp.148-155)中村高康
*14  議論の詳細は拙著7章「わたしたちはどのような社会を生きたいのか」をご参照ください。