もしできなかったら

スニーカーを履くのは、この日がはじめてだった。自宅での練習では、むき出しの足部でフローリングの床を歩いていた。スニーカーとフローリングの相性が悪いらしく、とても歩きづらかったからだ。はじめてスニーカーを履くことも不安要素の一つで、合成ゴム素材のトラックとの相性も気になっていた。

-AD-

 
練習では、まだほとんど歩けていない状態だ。はたして何メートル歩けるのだろう。そんなことを考えていると、遠藤氏が近づいてきた。

「コンバースのスニーカーが届いてなくて。すいません、いまから取りに行ってきます」

遠藤氏は雨の降りしきるなか、スタジアムを出て行った。
 
スニーカーが到着するまでの30分、私は一人で考えていた。まともに歩けたこともないのに、新しいスニーカーで歩くなんて無謀なことだ。だが、超福祉展で披露する映像をインパクトあるものにするには、最低でも数メートルは歩かなければならない

ロボット義足になった途端に歩けなくなっていた

正直に告白しよう。私は歩けるようになりたいわけではない。40年間のつきあいとなる電動車椅子のほうが、圧倒的に便利である。では、なぜこのプロジェクトに参加したのか。それは遠藤氏と落合氏に話を聞き、障害や病気によって足を失った人に、歩くことをあきらめている人に、希望を届けたいと思ったからだ。