日本の大手出版社に対する「戦争責任」追及、その知られざる実態

大衆は神である(74)
魚住 昭 プロフィール

講談社、主婦之友社、旺文社をはじめとする自由出版協会のグループは、3月25日と29日に集会を開いて日本出版協会から脱会し、CIEのドン・ブラウンにも接触して、用紙割当委員会への自由出版協会からの代表委員の選出を求め、用紙割当を要求した。

赤澤名誉教授によれば、この自由出版協会の組織化の企ては、どうやらGHQの支援が得られるとの見込みから出発したものらしかった。同グループは事前にGHQ関係者と接触し、さらに自分たちの協会の結成がSCAPの「同意」の下で行われていると宣伝ビラに書いたらしい。

大橋進一は4月12日、ブラウンからそれを咎められ、「単にSCAPが新協会の設立を拒否しなかったことを意味する」と弁明した。しかしブラウンは納得せず、「同意」という用語には「それ以上の印象を与えようとする」意図があると追及してきたので、大橋はこの用語を使った責任を協会の事務職員に転嫁して逃れようとしたという。

それでも自由出版協会の発足(4月15日)時の新聞広告ではGHQの承認が得られたと宣伝され、初会合ではGHQの積極的な支持があったという意味のスピーチが行われた。自由出版協会に加入した出版社21社のなかにはこうした宣伝を信じたものも多かったという。

 

一方、日本出版協会は4月5日の評議員会で会長の石井満が「CIEのバーコフとブラウンはともに協会の粛清態度について諒解している」と述べ、彰考書院の藤岡は「自由出版協会を司令部としては認めるはずがない」と答えていた。

しかし4月10日午後、日本出版協会の代表9人がブラウンと3時間話し合った際、粛清計画を支持するという明確な言質をとれず、自由出版協会に対し優位に立つことに成功しなかったという。ブラウンはどちらの陣営にも公然と荷担することを避けようとしたのである註(6)

自由出版協会と日本出版協会は、GHQの支持という錦の御旗を求めて右往左往した。彼らは出版市場を支配する欲望に衝き動かされるだけで、自らの戦争責任を真摯に見つめる眼差しを持たなかった。

註(1) 赤澤史朗「出版界の戦争責任追及問題と情報課長ドン・ブラウン」(『立命館法學』2007年(6))より。
註(2) 同上。
註(3) 同上。
註(4) 同上。
註(5) 講談社社史編纂委員会編『講談社の歩んだ五十年 昭和編』(講談社、1959年)
註(6)「出版界の戦争責任追及問題と情報課長ドン・ブラウン」より。
【参考文献】
赤澤史朗「出版界の戦争責任追及問題と情報課長ドン・ブラウン」(『立命館法學』2007年(6))
講談社社史編纂委員会編『講談社の歩んだ五十年 昭和編』(講談社、1959年)
吉田好一『ひとすじの道──主婦の友社創業者・石川武美の生涯』(主婦の友社、2001年)
主婦の友社社史編纂委員会編『主婦の友社八十年史』(主婦の友社、1996年)