日本の大手出版社に対する「戦争責任」追及、その知られざる実態

大衆は神である(74)

ノンフィクション作家・魚住昭氏が極秘資料をひもとき、講談社創業家・野間家が歩んできた激動の日々と、日本出版界の知られざる歴史を描き出す大河連載「大衆は神である」。

戦争が終わり、講談社は戦犯追及の動きに先回りして『現代』と『講談倶楽部』の廃刊を決める。講談社だけでなく、文藝春秋社や主婦之友社も危機を迎えた。出版社はどのように戦争責任と向き合っていったのか──。

第八章 再生──狂瀾怒濤(3)

糾弾、社長辞任、一部雑誌の廃刊

日本出版協会の臨時総会に講談社を代表して出席したのは、取締役になってまもない尾張真之介(おわり・しんのすけ)だった。尾張は元『少年倶楽部』の編集長で、穂草(すいそう)の号で知られる歌人でもあった。以下は尾張の回想である。

〈(総会では)まるで戦犯呼ばわりされた。軍と結託して戦争熱をあおったとか、また用紙の特配を多量に受けて利得をはかったとか。こうした不都合の出版社は、この際大いに粛清しなければならない。これら七社を即時除名すべし、まあこういったわけです。勝手放題のことを並べ立てて、さんざんこきおろしていた。近くの者に、俺はもう聞くに堪えないから、といって――まだ寒いときだったので、着ていたオーバーを脱ぎすてて、壇上に躍り上がって、思い切りやり返してやろうとしたんですよ。そしたら、今そんなことをいえば、かえって損だから、まあまあと引き留められて、我慢したんですが、実に何とも癪にさわってたまらなかった〉

 

講談社など7社の即時除名案が19票差で可決された直後、尾張は「腹が立ってカンカンになって」(本人談)会場を出て、社に帰った。すると追いかけるようにして、即時除名の動議が無効になったという、思いがけない知らせが届いた。

総会終了直前、会員の法律新報社の指摘で、出席会員数が規定の人員に満たないので除名動議は法的効力をもたないことがわかり、動議は撤回されたというのである。

出版協会では別途、出版界粛清委員会を設けて除名問題を取り扱うことになった。

翌々日の26日、省一は正式に社長を辞任し、残った尾張、高橋宭一、松下嘉行ら4役員(同年7月、尾張が専務に昇格)が、社長不在のまま講談社の経営にあたることになった。

同時に、戦争熱をあおったと批判が強かった『現代』と、米国人が忌み嫌うチャンバラものの時代小説を扱う『講談倶楽部』の廃刊を決めた。要するに、戦犯追及の動きに先回りして頭を下げ、社内民主化をアピールすることで、会社の生き残りをはかろうという作戦である。