当時の記録映像があるんだよ

さて、そろそろ、なぜ私がこれほどまでに生後まもない時期のことを詳細に書くことができるのか、その理由を説明しなくてはなるまい。母に話を聞いたことは言うまでもないが、母にしたって40年以上前の光景を服装まで覚えているはずもない。
 
じつは当時の映像が残っていたのだ。

 
その映像には『頑張れヒロくん — 四肢欠損児3歳 10ヶ月の記録 — 』というタイトルがつけられていた。「企画・製作東京都補装具研究所小児切断プロジェクト」というクレジット表記があり、研究所が開発した補装具を用いた練習や日常生活の風景などが克明に記録されている。撮影は私が小学校3年生になるまで続けられ、全3巻、のべ83分16秒にまとめられていた。2巻には幼稚園での様子が、3巻には小学校での様子が収録されている。
 
交代で撮影してくれた研究所の先生方のなかに、私がとてもなついていた先生がいた。

現在は帝京平成大学健康メディカル学部教授であり、理学療法学科の学科長を務める青木 主税(あおき・ちから)先生だ。当時の青木先生は、補装具研究所に所属する理学療法士として、私の義足の練習を担当してくださっていた。苦手な義足の練習でも、青木先生にほめられると、ついうれしくなって笑顔を浮かべてしまうのだった。私は青木先生にお話を伺おうと大学の研究室を訪ねた。20数年ぶりの再会だった。柔和な話し方や、どこか飄々とした雰囲気は少しも変わらない。ひさしぶりに先生に会えることだけでも楽しみだったのだが、会うなり先生はこう切り出した。

「当時の記録映像があるんだよ」
 
40年近く前の記録映像『頑張れヒロくん』が、パソコンで見られるというのだ。

20年以上ぶりに再会した青木主税先生と。まさか当時の記録映像がパソコンで見られる状態で保存されていたとは