元経済ヤクザがリポート「欧州金融ダークサイド最前線」

暗闘の日本への飛び火に備えよ
猫組長(菅原潮) プロフィール

欧州ダークマネーの行方

ブレグジットを他山の石と見ているだけでは、こうした分析には到底たどり着くことができない。ましてやイギリスのEU離脱は、経済の血液、「金融」に大きな影響を与えるのだから、決して他人事ではない。

金融が混乱する理由は、イギリスが金融の聖地「シティ」を所持しているからだ。ブレグジットはヨーロッパの金融センター「シティ」の大陸離脱でもある。

第二次大戦後、戦費によって疲弊したイギリスは、アメリカと「金融」を舞台に対抗しようと試みる。「シティ」を金融の自由都市にしたばかりか、旧英国植民地をシティと同様の機能を持つ「オフショア」にする。イギリスは世界の金融ネットワークを、シティを中心に重層的に構築したのだ。自由都市ということで、シティはマネーの素性を問わずにそれを扱ってきた。

離脱によって大陸側でシティの代わりの金融センターとして名乗りを上げたのがパリ、ダブリン、フランクフルトなど。だが「裏側」の金融センターの地位については、群雄割拠の状態が続いている。

 

今年9月26日にロイター通信が報じた「マネロン疑惑のダンスケ銀行エストニア部門元トップ、遺体で発見」というニュースをご存じだろうか。日本ではまったく話題にならないが、この一報こそが欧州でのダークマネーの暗闘劇を伝えるものとして、暗黒街では大きな話題となった。

キーになるのは「ダンスケ銀行」と「エストニア」だ。この2つの言葉には、2000年代の欧州においける「黒い金」の歴史が凝縮している。

経緯を整理するところから始めたい。

01年にアメリカで9・11同時多発テロ事件が起こって以来、アメリカはテロ組織への金融の流れを監視し、犯罪資金、テロ資金根絶に血道を上げている。中心になったのは政府間機関「マネーロンダリングに関する金融活動作業部会」(FATF:マネーロンダリングに関する金融活動作業部会)だ。

当時まだ黒い世界の市民だった私の印象では、ヨーロッパでFATFが本格的に機能しはじめた元年が06年だ。狙われたのは「神」の名を隠れ蓑に犯罪・テロ資金の洗浄を行っていた暗黒街のメインバンク、バチカン銀行だった。

とはいえEU圏内はシェンゲン協定によって「ヒト・モノ・カネ」が自由に移動できる。外国人の脱税への規制がなくマネーや預金者の情報秘匿性が高い上に、持ち出しも自由なスイスが黒いマネーの最終到着点となっていた。

経由地点は隣接するイタリアだ。マフィア、カモッラ、アンドランゲタなど多数の犯罪組織が存在していることが手伝っていることは言うまでもない。

主な運搬の手段に使われたのはヨーロッパ大陸を走る鉄道。500ユーロ(約6万円)紙幣や証券、ゴールド、ダイヤモンドなどを鞄に詰めた黒いビジネスマンたちは、スイスへの列車旅行を楽しんでいた。

ところが09年6月10日、イタリアの財務警察が、スイスとの国境の列車内で、多額の米国債を所持した50代の日本人2人を逮捕する。税関当局への申告をせず、鞄の二重底に額面5億ドルの米国債249枚などを忍ばせ、実に約1340億ドル(約13兆円!)相当の有価証券をスイスに持ち出そうとしたのだ。この2人が日本の広域指定組織の関係者だったことも、ほどなく黒い住人たちに伝わることとなった。のちにこの有価証券の実に9割が偽造だったことが明らかになったが。

以来、黒いビジネスマンたちによる鉄道旅行は、厳しく監視されるようになる。

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