「宇崎ちゃん」献血ポスターはなぜ問題か…「女性差別」から考える

21世紀を生きるためのノウハウ
牟田 和恵 プロフィール

あのポスターが女性差別のわけがないと言う男性は、こうした女性たちのリアルを知らずに生きてきただろう。しかしすでに、これまでの「人権」の考え方に女性の視点を入れることで「何が人権侵害なのか」「差別なのか」は変化し豊かになった。それが条約やガイドラインの文言に現れているのだ。

この流れはもう止まることはないし、今回の件含め、女性を不当に扱う表現や行為に「それはおかしい」という女性たちの声がSNS上で大きく上がるようになってきた。女性たちは間違いなく進化している。このことをしっかりと受け止めてほしい。

 

萌え絵ポスターと下着広告

フェミニズムは女性への性的搾取を厳しく批判するとともに、女性の性的主体性の回復性の自己決定を主張してきた。

この二つは表裏一体なのだが、これを「矛盾」「ダブルスタンダード」と受け取る向きもあることが今回の騒ぎの中であらためてわかった。その典型が、女性用下着を身につけた広告ポスターを件のポスターと並べ、「どこが違うんだ」と怒っているものだ。

女性が肌の露出の多い衣服を着たりすることは、かつては「女のくせに恥かしい」「たしなみが無い」と非難され、「ちゃんとした」格好をするよう少女のころから女性たちはしつけられてきた。これは女性の身体を勝手に性的にまなざすがゆえのことにほかならず、女性から性的主体性を奪ってきた。

女性が自らの身体を愛し、可愛かったりかっこよかったりする下着を凛とした表情で身につけて堂々としているポスターはまさに女性の性の主体性の回復だ。これがくだんの献血ポスターと同じに見えるとは、そんな区別もつかないのかと呆れたくなるが、「女性身体=性的」、「性にかかわる批判=保守反動」という思い込みが今も日本の社会には少なからずあるようだ。