「宇崎ちゃん」献血ポスターはなぜ問題か…「女性差別」から考える

21世紀を生きるためのノウハウ
牟田 和恵 プロフィール

まずこれは、「見る人が不快に思う」からダメという言う話ではない。当然、不快に思う人もいるだろうが、重点を置くべきはそこではない。女性の性が断片化され、人格から切り離されたモノと扱われることが、女性蔑視・女性差別だから問題なのだ。

またこれは表現の自由に属する問題でもない。いつでもどこでもどんな表現でも見せてOK、なのが表現の自由であるわけがない。「エロい」画像を子どもを含めた一般の人々が目にする場所に掲げていいというのは、さすがにモラルに悖(もと)ると考えないのだろうか(なお、あの絵を「エロい」と思うほうがおかしい、たかが絵にすぎない、といった「反論」もあったのだが、さすがにそれは無理筋なのでここで触れる必要はないだろう)。

 

「女性差別」がわからない

彼らは条約や基本計画、ガイドライン等に無知なのだろうか。その疑いは捨てきれないが、しかし多くは「確信犯」なのだろう。たかがポスターが女性差別のわけがない、こういうのは一部の女たちの勝手な言い草、だいたい女性差別撤廃条約とか基本法とか自分は賛同した覚えもない、そんなものを強制するな。…彼らの思いはこんなところなのではないか。

そういう人たちに考えてみてほしい。

物心つく前から、街頭で目にするポスター、本屋やコンビニの店頭にならぶ雑誌の表紙に、性的なポーズを取り男性の欲望に訴える女性の姿を見ない日はない。道を歩いていると見知らぬ人から容姿について卑猥な言葉を浴びせられる。学校の先生や男子たちから体つきについてからかいや嘲笑を浴びる…。

日本で普通に生きていてこんな体験をしたことがない女性はいないと断言してよいが、こうした体験は、女性たちの尊厳を傷つけ自己肯定感を奪って、生き方そのものさえ歪めてしまう。あまりにも日常的に起こっていることだから、自覚することさえなくやりすごすことも多いのだが、これはまぎれもない女性への人権侵害だ。上述の条約や基本法の警告や指摘は、女性たちにとってリアルなのだ。