撮影/森清

乙武洋匡が義足プロジェクトの支えにした「歌とイチローの言葉」

『四肢奮迅』刊行の裏にある思い

FRaU Webにて2019年4月から9月まで連載してきた「乙武義足プロジェクト」が加筆の上で『四肢奮迅』という1冊の本になった。これは2017年10月からスタートし、今もなお続いている義足プロジェクトの全貌を描いたものだ。

乙武氏は、3歳のときから電動車椅子を使い、義足がなくとも自分で階段を上ることもできる。自身が義足を使って歩きたいと願っていないにも関わらず努力し続けられたのはなぜなのか。そして「歩く」とはどういう仕組みなのだろうか。この一冊からは様々な意味で「歩く」ことを考えさせられる。

では乙武氏本人は本の刊行にあたりどのように思っているのだろう。『四肢奮迅』の巻末に寄せたあとがきをそのまま掲載する。

挑戦の全貌を描いた、現在発売中の『四肢奮迅』(乙武洋匡著、講談社)。その中に描かれている一部を動画にまとめたもの

こんなに難しい「あとがき」は初めて

これまで30冊ほど本を出しているのだが、今回ほど「あとがき」を書くのに困難を感じたことはない。エッセイにしても、小説にしても、最後にはもう一滴も残っていないというほど「絞りきった」状態でフィナーレを迎えるのが常だが、今回ばかりはいまだフィナーレを迎えていない。それどころか、私を含めたメンバー一同、何がフィナーレにあたるのか、そしてそれがいつごろになるのかもわからないままに、ただただ全力疾走しているような状態だ。  

 

もちろん本人たちは全力疾走しているつもりなのだが、実際のところ、その歩みは牛歩のようにゆっくりだ。行きつ戻りつしながら、少しずつ、少しずつ、文字どおり「一歩、一歩」前に進んでいる。
 
私がこのプロジェクトを進めるなかで、勝手にテーマ曲のように思い、励まされてきた曲がある。6歳の秋、幼稚園の運動会でも流れていた『三百六十五歩のマーチ』だ。

乙武氏が幼稚園のころ 

「一日一歩 三日で三歩 三歩進んで 二歩さがる」
 
まさにプロジェクトの進ちょくは、この歌詞そのままだった。ときには3歩進んで4歩さがっているのではないかと感じられるようなこともあった。そんなときは、曲のタイトルに込められた意味をかみしめた。三百六十五歩のマーチ—そう、1年は365日、1日だって歩みを止めてはならないのだ。とにかく、もがいて、あがいて、歩み続けるのだ。日々、自分にそう言い聞かせてきた。