「1匹ずつ」数えたデータから害虫分布図を作る「科学的農業」の現在

オープンデータが導く、日本農業の未来
サイエンスリポート プロフィール

日本の農業が市場のグローバル化などによる競争力の激化に対応するためにも、コミュニティがデータを共有する必要性はますます増していると言えよう。

「しかし、これまでは農家ごとの技術とノウハウを『一般的な傾向なのか』『産地全体としてどうなのか』という視点で情報交換したり、共有したりする『文化』があまりなかったのでは?」と、大澤准教授は指摘する。

「インターネットの『フリー』な世界で育ってきたデジタルネイティブの若い世代は、広くデータを公開したり、集めたりすることにあまり抵抗がないのではないでしょうか。農家のデータは、コミュニティの外へ開放されることによって、農業と全然違う目的で使われるといった大きな可能性が生まれます。だから、『農業のオープンデータ』とは言うけれども、むしろ『農業の』という肩書を外したい(笑)」(大澤)

「農業のデジタルデータを使った小説があってもいいですね。たとえば小説を書くにあたって『害虫の情報がないので公開してほしい』といった形でオープン化が進めば、農業がみんなのものになる」と澁澤特任教授 拡大画像表示

では、日本の中で実際に、オープンサイエンスやデータ公開の担い手たちはどのように生まれ、広がっていくのだろうか?

 

「日本のコミュニティは一般に、車座で議論するようなコンテクスト(場)のイメージがまずあって、これをみんなが共有することで意思決定が行われます。定義だとか、誰がどの役割を担うかとかいったことは後で割り当てるんです」(澁澤)

「オープンサイエンス、オープンデータについても、まずオープンを推進するコミュニティ=場が作られ、場そのものが担い手となって、そこへ人々が参加したい、共有したいというものだと位置づけると、展開が見えてくるのではないでしょうか。そのようなコミュニティがあちこちに生まれ、交流することによってオープンサイエンスが構造化されるように思いますね」(澁澤)

東京農工大学府中キャンパスにて
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「オープンデータ、オープンサイエンスという言葉がなかったら、たぶん知り合うこともなかった人たちと出会えるようになり、世の中が動いているのは間違いないと感じます。講演などでは、自戒も込めて『私がオープンデータの専門家ですって言い始めたら、私はもう終わりだと思ってください』と必ず言っています(笑)」(大澤)

答える人
澁澤 栄 特任教授(東京農工大学)


しぶさわ・さかえ。東京農工大学特任教授、日本学術会議会員。1984年農学博士(京都大学)。北海道大学農学部助手、島根大学農学部助教授、東京農工大学農学部助教授等を経て、2001年同学部教授、2004年の組織替えにより農学研究院教授、2019年3月退職。4月より東京農工大学卓越リーダ養成機構特任教授、現在に至る。

リアルタイム土壌センサの開発等、ICTを活用したコミュニティベース精密農業の社会展開を推進し、循環型農業の社会実験や、学習する知的農業者集団の支援に注力する。内閣官房政府IT総合戦略新戦略推進専門委員、グローバルギャップ国別技術委員会議長等を歴任。
答える人
大澤 剛士 准教授(首都大学東京)


おおさわ・たけし。首都大学東京 都市環境学部 准教授。博士(理学)(神戸大学)。2010年(独)農業環境技術研究所 農業環境インベントリーセンター研究員、2016年(研)農研機構 農業環境変動研究センター主任研究員等を経て、2018年より現職。

専門は生物多様性情報学。生態学を礎に、生物の分布情報等の環境科学に関わるさまざまな情報のデータベース化を推進し、これらを利用して新たな知見を生み出す研究に取り組む。世界中の生物多様性に関する情報の収集とオープン化を進める国際的取り組みGBIF(Global Biodiversity Information Facility)日本ノードJBIF運営委員。

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