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「1匹ずつ」数えたデータから害虫分布図を作る「科学的農業」の現在

オープンデータが導く、日本農業の未来
日本の農業は、農家各戸の耕作面積は小規模ながら、単位面積あたりの収穫量は伝統的に高いことが知られている。経験に基づく技術やノウハウが受け継がれる一方、近年は若いデジタルネイティブ世代や地球環境に関心の高い層などが、農業の新しい担い手として各地で活躍するようになってきた。

このような農業の現場や農学という科学の分野にも「オープンサイエンス」の新しい動きがある。農業コミュニティを研究パートナーとして、長年にわたり「科学による農業」を推進してきた東京農工大学の澁澤栄特任教授を、データのオープン化を推進する首都大学東京の大澤剛士准教授と訪ねた。


(聞き手:池谷瑠絵 特記以外の写真:河野俊之 「サイエンスリポート」より転載)

「科学による農業」の道のり

東京農工大学府中キャンパスには、約15ヘクタールもの広大な畑がある。採れたての野菜は近隣や一般の方々に、恒例の市(いち)で、定期的に販売されているのだそうだ。よく整備された均質な土地に見えても、実際の生育の様子や収穫には「ばらつき」があるという。

「どんな圃場(田畑)でも、ある場所だけ作物が倒れたり、あるいは病害虫がついたりといったばらつきがどうしても生じるんですね。そこで農家の方に研究パートナーになってもらい、農地に計器を持ち込んで、光合成活性や土壌成分などの空間的・時間的な高解像データを集めます」という澁澤特任教授。

澁澤特任教授(左) 大澤准教授(右)
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約25年前、世界的な動きとして、農家が持つ経験値にエビデンスを与える「精密農業(Precision Agriculture)」が提唱され、澁澤特任教授は日本からいち早く呼応した。

「データが示されることで、彼らは確信を持って、なぜばらつきが発生したのか、実はこういう理由があったんだという説明の言葉を見出します。そこからばらつきにどう対処するのか──均質化するのか、あるいは違いを活かすのか──といったイノベーティブな判断が生まれてくる」と澁澤特任教授は言う。

 

「日本も含めて世界の8割は家族型の農業なので、コミュニティが意思決定しなければなりません。その時にわれわれの科学的なデータとその共有が決め手となって、判断をサポートするのです」

2000年代には、特にGPS(全地球測位システム)をはじめとするICT(情報通信技術)の発達によって農家と科学者のコラボレーションが進展し、2016年には「Society 5.0」を目指す第5期科学技術基本計画の中にも、農業のスマート化が盛り込まれた。

精密農業を指す「スマート農業」は、技術革新による収益向上だけでなく、環境負荷の軽減やコストの削減も大きな目標である。