「自己肯定感」にこだわる母親たち、わが子を息苦しくさせるワケ

「世代間連鎖」を防ぐ子育て論〈番外編〉
信田 さよ子 プロフィール

1990年代に入って「ネアカ」「ネクラ」という言葉が流行し、ネクラはいけないことのように言われるようになりました。カウンセリングで出会った、19歳でアルコール依存症になった女性は、なぜ酒を飲むのかと聞かれたときに「ネクラな私が酒を飲むとネアカになれるから」と語ったのです。この言葉は衝撃でした。

おそらく彼女の発言は、対人関係におけるコミュニケーションが個人の価値を決める時代の先駆けを示す象徴だったと思います。彼女はネアカであることを維持するために飲酒をし、バッグにウイスキーのポケット瓶をしのばせていたのです。

個人の価値の重心が、悩み苦しむことよりも、明るく元気にふるまうことへと移動したことを表しています。

 

現在に至るまで、自己啓発本は多数発刊されていますが、近年のビジネス書を始めとする自己啓発本の多くは、「自己肯定感を高める」「レジリエンスを高める」といった、心理学用語で溢れています。

どのようなキャッチフレーズが登場したかを振り返ってみると、「自分を愛せなければ他人を愛せない」「あなたが自分を好きでなければ他人に愛されるわけがない」「自分を愛せるように」「自己肯定感を高めるための法則」「自己肯定感の低いあなたに足りないもの」などなどです。

共通点は、多様な説明や切り口があるにもかかわらず、最終的には自分で自分をどうにかできる、しなければならないという考えに帰着することです。

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一見、自分は自分次第という希望を与えるように思えますが、最後は自分しかいないというどん詰まりの考え方ではないでしょうか。まさにこれこそが、自己選択・自己責任の罠なのです。

自己肯定感を「獲得」する?

ある地方都市で講演終了後に語り掛けてきた女性は言いました。アルコール依存症の彼女は、自助グループに通って3年断酒をしています。

「親から虐待されてきた私は、親から愛されなかったんだから自分で自分を好きになろうとして努力しましたが、どうしてもできません。そのことでグループの仲間からも批判されたりして苦しいんです、どうすれば自分を好きになれるでしょう

またある人は言いました。「どうしても自己肯定感を高めることができません。今、高めるための本を読んでいますが……そのとおりにやってもできないので、ますます自己肯定感が低くなって、苦しいんです

このような発言がすべてを物語っている気がします。

そもそも他者とのあいだで生じた苦しみ、そのことから生まれたさまざまな問題(依存症やトラウマ的症状)をなんとか解決し、少しでも楽に生きるために生まれたはずの自己肯定感という言葉が、その人を苦しめることになっているのではないでしょうか。

当初は、どのような子どもも教師や親から肯定的に受け止められる、ということを目的として生まれたはずの「自己肯定感」が、ほっとして息がつけるようにするための言葉が、しゃにむに獲得する目的になってしまっていること、これは「自分で自分をなんとかする」というそもそも無理なことをやろうとしたからではないでしょうか。

私自身、自分を好きかという問いを投げかけたことはありません。無意味だと思うからです。でもあえて答えるなら、こんな自分を好きなはずがないでしょうと答えます。だいたい、醜い点をいちばんわかっているのが自分なのですから、好きになるはずがないでしょう。