ダウン症の弟と近所のコンビニの店員の心温まるエピソードを綴ったnoteの記事「弟が万引きを疑われ、そして母は赤べこになった」が話題になった岸田奈美さん。

17歳の頃、母親が心臓の手術をきっかけに下半身麻痺になってしまい(詳しくは、「『ママ、死にたいなら死んでもいいよ』と下半身麻痺の母に言った日」を参照)、その時の経験がきっかけとなって、現在、ユニバーサルデザインの会社「ミライロ」で働いている。

そんな岸田さんが小学生のころから乙武洋匡さんの著書はすべて読んでいるということを聞き、FRaU Webでは岸田さんによる乙武洋匡さんのインタビューを企画。インタビューの前の資料にと、乙武さんの最新刊『四肢奮迅』をお渡しした。すると、「感想文」というワードファイルが「乙武さんに送ってください」というメールと共に、編集者のもとに送られてきたのだ。掲載前提ではなく、『四肢奮迅』を読んで書かずにいられたなかったという岸田さんの本心の言葉とは。

岸田さんに渡した乙武さんの最新刊『四肢奮迅』。これを読んでから対談をしましょうというつもりだったのだが…

乙武さんとその家族みたいにはなれない

私が乙武さんを知ったのは、著書『五体不満足』でした。その頃、私は小学4年生で10歳。買ってきたのは母でした。知的障害のある私の弟・良太に、周りの子たちと比べて“できないこと”が、急激に増え始めた時期です。

当時岸田さんが手にした単行本

母は「奈美ちゃん(私)が、障害のある良太を嫌いにならないように読んでほしい。障害者と言われる人にも、カッコ良い生き方があると知ってほしい」という願いを、『五体不満足』に託したようです。表紙の写真で、四肢の無い乙武さんを見て、おっかなびっくり読み始めた『五体不満足』は、わかりやすく、明るく、素敵な本でした。

でも同時に私は、乙武さんとその家族みたいにはなれないと、後ろめたさを感じました。私は、弟のことが大好きでしたが、知的障害があって良かった、とは一度も思いません。でも『五体不満足』では、乙武さんのお母さんが、生まれてきた乙武さんを見て真っ先に「かわいい」と仰ったと書かれていて、私はとてもそんな素晴らしいことは言えない、と思ってしまったのです。障害者とその家族は、愛に満ちていて、美しく、清らかで、常に希望を持たなければならない。そんな風に私は、曲解してしまいました。