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あなたは何に進化したい? 進化の方向を自分で決める方法

人間はダーウィン進化論を超えるのか?

ダーウィンを超える進化

近未来の日本では、2つの政党のあいだで、教育のあり方について意見が真っ二つに分かれていた。筋肉党は、体を鍛えることが教育の根本だと考え、学校の授業はすべて体育にするべきだと主張していた。しかし、記憶党は、丸暗記をすることが教育の根本だと考え、学校の授業はすべて暗記科目にするべきだと主張していた。

ついに2つの政党は決裂し、日本は2つの国家に分裂した。東日本は筋肉国として、そして西日本は記憶国として独立し、国交は断絶した。

筋肉国では、筋力のある者が社会的にも高い地位につくので、異性にもモテるようになった。若い男女の合コンでは、腕相撲で盛り上がるのが常であった。

一方、記憶国では、記憶力のよい者が社会的にも高い地位につくので、異性にもモテるようになった。若い男女の合コンでは、円周率を何桁言えるかで盛り上がるのが常であった。

そうして、国交が断絶したまま、千年が経った。

 

筋肉国では国民の平均身長が2メートルを超え、犬の代わりにヒグマをペットとして飼うことが流行していた。しかし、文字を読めるものはいなくなり、電子書籍もふくめ本というものが消滅した。

対照的に、記憶国では、コンピューターと記憶合戦をすることが流行していた。しかし、体はひ弱になったので、ネコに襲われる者が続出し、深刻な社会問題となっていた。

そんなおり、両国の国交が回復した。そして、国民同士が行き来するようになり、経済面などでは交流が始まった。だが、両国の国民のあいだで結婚する者はいなかった。体格も性格もあまりに違うので、一緒に住んでもうまくいかないし、そもそも両者のあいだにはもはや子供ができなかった。つまり、筋肉国の国民と記憶国の国民は、生物学的に別種になってしまったのだ。

【写真】生物学的に別種になってしまった
筋肉国の国民と記憶国の国民は、生物学的に別種になってしまった photos by gettyimages

記憶国の学者は、このような進化を「主体的な進化」と名づけた。なぜなら、進化の方向を国民自身が決めたからだ。そして、ダーウィン流の進化を超える、素晴らしい進化として賞賛した。

この進化は、ダーウィンが言ったような、「まず環境があって、その中で個体同士が争うことにより、環境に適した個体が残る」という受け身な進化ではない。「生物が、いかに行動するかを自ら決定し、その決定によって進化の方向が決まる」という主体的な進化なのだ。そう考えたのだが、それは正しいのだろうか。