自分の「親性」を育てよう

ここまで示してきたように、日本の極めて低い夫の育児分担率は、育児を軽視し無責任な振る舞いを家庭で行う男性が日本には未だに多いという事実を示している。実際に日本の知人から、「子供が生まれたのに夫が以前と生活を変えず協力してくれない」「もう1人子供が欲しいと言うわりに育児に参加しない」といった育児に対して無責任な夫に苦しむ声を聞く機会はとても多い。

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このような苦しみを生む「仕事>育児」の価値観が日本からなくならない背景には、会社など組織の構造が抱える問題、また人権やジェンダーを含めた教育の不足などさまざまな要因があるだろう。しかしいずれにしても、歴史的に仕事を担ってきた私たち男性側がこの価値観を手放さなければ、平等な育児はいつまでたっても達成できない。

歌人の与謝野晶子は、「親としての精神は男女同一であって、等しく人間性の表現」として母性や父性に代わる「親性」という言葉をその著書『人間礼拝』(1921年)の中で用いた。いまから約100年も前のことである。それからいったい、何が変わったのだろうか。

人間の本能としての母性や父性の有無については様々な研究がある。しかし少なくとも、性別にかかわらず子供を前に意識的に親としての自覚を持つことはできる。そして、上述のように子供とのふれあいによりその自覚が強まることも事実である。人間は性別にかかわらず親としてしての自覚、「親性」を芽生えさせ責任をもって子供を育てることができるのだ。育児に後ろ向きな意識がある男性は、そのことを肝に銘じて、妊娠中のパートナーやお子さんと向き合う時間をできる限り作ってほしいと思う。