わかるのは「奇跡的に命がある」こと

しかし、事故の当日、山田さんの身にどのようなことが起きたのだろうか。山田さん自身も「なぜ自分の身にそんなことがあったのか」という原因すらわからないのだ。そこで、1年後に警察署に出向き、当時担当してくれた警察官に話を聞いた。それによると、次のようなことが起きていた。

会社から自宅までいく列車に乗り込むと、日常の疲れからそのまま爆睡してしまったらしい。気づけば自宅のある駅をとうに越して、終点についた。警察が言うには、駅員に起こされてなんとか電車は降りたあと、ホームに一人で寝ていたらしい。その後、なぜか山田さんは立ち上がり、そして線路に転落した。時間は深夜だったが、運悪く山田さんが乗車していたのは、最終電車の1本前の電車だった。山田さんが転落したホームに0時37分発の最終電車が入ってきて、山田さんの上を通り過ぎた。

当時の、山田さんが病院に搬送されたあとの電車の写真を山田さんは見せてもらっているが、「切断も仕方がなかった」以前に「よく命があった」と思ったという。電車に轢かれても命があったことが奇跡的であることは間違いない。

「命があることが奇跡的なんですよね。それだけでもできることはたくさんあると思いました。まだ働き始めたばかりで年金をはらっていなかったことで、障害者保険はもらえていないんです。お金の面で大変だったことがあって、『親に頼っていられない』と思うようにもなりました」

冒頭のシーンに戻ろう。乙武さんの超福祉展に足を運んだのは、山田さんが現在お世話になっている義肢装具士が、乙武プロジェクトのメンバーである沖野敦郎氏だということが大きい。山田さんが乙武さんに憧れていることを知り、「乙武さんに会いたいなら超福祉展なら話せるかもしれないよ」と教えてもらったからだという。

山田さんが9月4日に自身のインスタグラム「@chi_kun0922」にアップした乙武さんとの2ショット

「乙武さんは教科書に載っているような有名人ですから、もちろん知っていました。でも改めて自分の手足がなくなったことで、乙武さんの存在は『四肢がなくてもこれだけ活躍している人がいる』と、三肢を切断した僕にとって、とても励みになるものだったんです」

命の価値を再確認した青年は、前しか向いていない。
 

乙武洋匡さんが超福祉展で発表していたのは、エンジニアの遠藤謙さんの発案ではじめた義足プロジェクトについて。その2年間の記録が一冊にまとまりました。『五体不満足』の前と後の話で、タイトルは『四肢奮迅』です。11月上旬には、FRIDAYデジタルにて、義肢装具士の沖野敦郎さんを通して「義足兄弟」になる乙武さんと山田さんの対談も公開予定。