右手の感覚はあるのに……

山田さんは、目覚めた瞬間のことを今でもはっきりと覚えている。

「パッと目覚めたんですよね。『寝すぎた!』という感じで。でも自分の家じゃない。病院っぽい。なにがなんだかわからない。そこでまず、目やにを取ろうと思ったんです。でも取れない。右手の感覚はあるのに……

夢かなと思って『じゃあ顔を洗いに行こう』と見渡すと、横に背もたれが大きな車椅子がある。あれ? この車椅子、何? どういうこと? そんな半信半疑の思いで『立ち上がった』んです。そうしたらそのままベッドから落ちて、断端を思い切りぶつけた。これが、あんなに痛い思いをしたことがないくらいめっちゃ痛かった。『いて~~~~!』と叫んで、それでナースが来てくれたんじゃないかと思います」

それからのことをはっきりとは覚えていない。しかしすぐに、「寝る前」まではあった右手と両足が右足は膝の下から、左足は膝の上から切断されていて、自分が歩けないということは明確にわかった。

明日の自分が想像つかない

自分の身に起きたことを理解はしたけれど、心はついていけなかった。
「普通、明日の自分のことってなんとなく想像がつきますよね。起きて、トイレに行って、顔を洗って、ご飯食べるかな、くらいのことは。でもぼくはあしたの自分の姿が一切想像つかなかった。普通の生活ができない自分というものがわからない。眠れないし、誰にも会いたくなくて、『明日死ぬのかな』『死ねるかな』しか考えられませんでした

幼いころから明るく元気な性格だった。友だちも多く、飲み会の幹事を常に引き受けるタイプ。自分の意思で大学を中退し、「よっしゃ、大学生の友達たちに負けないようにしよう!」と営業職に燃えていた。ちょっとやそっとの問題もポジティブにとらえて、友人たちを励ます役割だった。それでも、入院当初は一切ポジティブなことを考えられなかった。

山田さんの幼稚園時代(写真中央)。よく女の子に間違えられていたとか 写真提供/山田千紘
写真中央でかつらをかぶっているのが山田さん。小学生5年生までバレエを習っていた 写真提供/山田千紘