篠田節子さんの『介護のうしろから「がん」が来た!』は、タイトルの通り、母の介護をしているさなかに自身の乳がんがみつかったことから始まる闘病&介護エッセイだ。20年以上にわたり認知症の母を介護し、ようやく老健(介護老人保健施設)に入ることになったその数ヵ月後、自身の乳がんがみつかったのだという。

実は「施設に入りたがらない認知症患者」について悩む介護者は少なくない。デイケアに通いながらも認知症の母の自宅介護を続けてうつになり、自殺をしてしまった女優の話も記憶に新しい。篠田さんの場合はどのような流れで老健入所につながったのだろうか。

ちなみに「老健」というのは、期間を限って入所できる施設のこと。篠田さんは本エッセイの中で、乳がん治療ののち、母が入所する老健から退所せざるを得なくなったことも記している。今回はその前段階、まず老健に入ったときの話を、本書より抜粋掲載にてご紹介する。

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老健で看てもらえてなかったら…

薬を使っておとなしくしてもらっているとはいえ、いつまでも母を老健に置いてはおけない。「こちらもお預かりしている責任はあります。すぐにとは申しません」とフロア担当の看護師さんは言ってくださるが、すぐに、ではなくとも、早急に別の施設、老健のように入 所期限が原則3ヵ月といった縛りのないところを探さなければならない。もし見つからなかったら、また見つかったとしても入居を断られたり、退去を要請されたりする事態になったら、いよいよ私の仕事部屋を使っての24時間介護が始まる。
 
思い起こせば1年と2ヵ月、母を老健で看てもらえたお陰で、なんと楽をさせてもらったことか。
 
この1年2ヵ月の間に、私自身の検査ができ、がんが発見され、治療ができた。
それが無かったら、今頃、こんなエッセイは書いていない。身体からのサインに気づいたとしても、やばいな、と思いながら放置して取り返しのつかないことになっていただろう。世の中の介護者の多くがそうであるように。
 
デイサービスもショートステイも他の介護サービスも、本人が頑強に拒否するために使えない、家族の心身の疲労が限界を超えている、という方々には参考になるかもしれないので、ここで母の老健入所の経緯を詳しく書いておこう。