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金田正一、400勝達成の最終シーズン「ギリギリの戦い」の凄まじさ

稀代の大投手を追悼する

400勝は「ギリギリ」だった

今年2019年、10月6日にかつての大投手金田正一さんが亡くなった。

金田正一は400勝投手として紹介される。

そのとおり、彼の投手としての生涯成績は400勝298敗である。

勝利数が「400」と切りがいいのには、それなりの理由がある。

彼が400勝を達成したのは1969年、昭和44年の秋だった。

 

私はそのとき小学校6年生で、何となく覚えている。

とくにシーズン後の引退記者会見で左腕を見せて、曲がったままこれ以上は伸びない、と見せたのにはとても驚いた。(この人、これからどないしはるんやろ)とショックを受けたのだ。

金田の400勝はかなりぎりぎりに達成された。そのことだけは覚えている。

1956年の金田〔PHOTO〕Wikimediacommons

あらためて、なぜ「400勝」という区切りのいい生涯成績になったのか、彼の最後のシーズンを振り返ってみる。

1950年、金田正一が入団したのは、国鉄スワローズである(いまのヤクルトスワローズ)。いつもBクラス(4位から6位)にいたこの弱小球団において、金田は勝ち続ける。シーズン途中に入団した初年に9勝、翌年は22勝、それから1964年まで14年連続20勝以上、勝ち続けた(30勝以上が2回)。

15年間の国鉄スワローズ時代での勝ち星は353勝。

1965年からは巨人に移籍した。当時あった10年選手の権利を行使しての自ら望んだ移籍である。

巨人に入ってから1965年は11勝、あとは4勝、16勝、11勝と勝ち続けた。

1968年終了時点で395勝である。400勝まであと5勝というところで1969年シーズンを迎えた。

おそらくシーズン中盤で通過点のように400勝を越えるだろうとおもっていただろう。本人も周辺もそう考えていたはずである。