久我未来——俳優。『3年B組金八先生 第4シリーズ』(1995〜96年/TBS系)をご覧になったことがある方なら、「あの、裏拳をとばされた生徒」として覚えているかもしれません。
あれから24年。39歳となるまで、役者、ミュージシャンとして頑張ってきました。当然、食えない時期もあり、さまざまな職業で糊口をしのいできました。そのなかで、特にやばい経験が多かったネットカフェの従業員として働いていた頃の苦いエピソードばかりを紹介してきました。
ところが、ネットカフェの夜勤で心がささくれ立つばかりの日々のなかで、ひとりの若者との係わりの中で、思わず感涙してしまったことがあった……。
友人に抱きかかえられて来店した泥酔大学生
僕は、春が好きだ。
ネットカフェ編の最後である今回は、ほっこり温かいお話です。ずっと冬が好きだった僕が、春を愛することになったエピソードを書かせてください。
当店をご利用いただいているお客様の層は、だいたい4割が大学生、3割が社会人。2割がその他。1割が特殊な事情の方となっています。
“その他”の方々は、ご近所の奥様や初めて下車された駅で時間つぶしをする方々ですね。就職の面接直前に履歴書をプリントアウトしに来られるお客様もいらっしゃいます。
そして“特殊な事情”の方々には、自宅のカギを紛失されて不動産屋さんの開店を待たれる方でしたり、DVから逃れるために避難してきた方などが含まれます。
駅前の交番との連携は、研修マニュアルに記載されていない重要な業務の1つでした。
大学生のお客様が多い当店では、春が“鬼門”なのです。
毎年4~5月は、新歓コンパですものね。酩酊ならまだしも、泥酔状態の1年生が先輩学生に抱きかかえられてご来店される場合がございます。そこで難しいのは、現場での“入店お断り”の判断です。僕は“登録用紙のご記入ができるかどうか”を、入店お断りの判断材料にしておりました。文字が書けないほどのお客様においては、状況を見極めた上で救急に通報、到着までの時間は介抱し、先輩学生さんを叱咤激励するだけで済みます。

最も判断に困りますのは、ギリギリ入店できるレベルでしたり、付き添いの学生と共にご入店されるケースです。嘔吐はもちろんのこと、パソコンのキーボードやブースの扉を破壊されてしまうこともあります。
始発まで介抱し、少し酔いが醒めたところでお客様の自宅最寄駅までの経路を調べる。無類の酒好きである僕としては、悪酔いしない酒の選び方までお話してしまう始末。業務外であることも、お節介であることも重々承知の上です。きっとこれも何か理由のある出逢いですから、しっかりお世話させていただきます。
その夜も、自動ドアの無機質なチャイムが店内に響いた。ご入店されたのは、両脇を友人たちに抱きかかえられた1年生の男子生徒だった。
「いらっしゃいま……えーと、どれくらい飲まれていらっしゃるかな?」
「ずーん。ずーん」
「……かしこまりました」
何に「かしこまる」のかわからないが、「かしこまる」の語源通りに畏怖を覚えたのは確かだった。彼を祀るべきなのかという考えが一瞬よぎったが、多分ただの大学生だろう。店員としてもてなすのが、先決だ。
「ずーん。ずーん」が何を意味するのかはまったく理解できないが、とにかく、喋れないほどに酔っていらっしゃることはわかった。すかさず、付き添いの学生さんが割って入ってくださった。
「カシスオレンジとビールと、焼酎……」
「飲み放題か……。しかも、チャンポンだね」
「明日、一限目から授業なんですよ。コイツの家が遠いんで、ここから学校に行かせようかと思うんです」
お話できるのは、ご友人の方だと判断し、僕は彼と話すことにした。
「はい。ご利用いただきたいですし、道路で寝てしまうよりは安全ですからね、ご入店をお勧めしたいのですが……。
文字が書けないほどの酔い方だと、ご入店をお断りしなければならないんです。ご理解いただけますか?」
「俺、代わりに書きますよ!」
「代筆……ですか。ええと、ご入店されるお客様は、代筆でよろしいですか? ご登録を委任されますか?」
「……尿道オーケストラ」
「尿道オーケストラ」って、なんだろう。下腹部で何か奏でているのかな。だとしたら、何が? いや、想像したくない。聞き間違いかもしれないが、僕には、ハッキリそう聞こえた。
ダメだ、このお客様はだいぶ酔っている。しかし、声のニュアンスから「イエス」という意味であるのは伝わってきた。そして、同時にご学友が友だち思いだということも。その友情に免じて、ご学友による代筆で新規会員登録を完了させ、周囲にお客様がいないブースを選び、ご案内させていただいた。
「店員さん、ありがとうございます!! 」
「いいえ、こちらこそ! あとは、お任せください。できる限り介抱します。ただ、通常業務に支障を来たさない範囲ですので、それはご了承ください」
「いえいえ! もう、それで大丈夫です! じゃ、8時に迎えに来ますんで!」
僕の退勤時刻と同じ、8時。早番さんに迷惑をかけずに済みそうだ。