2019.11.02
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江國香織が驚愕! 片岡義男の「言葉をあやつる」凄いテクニック

小説の書き方「超入門」前編
片岡義男×江國香織×佐々木敦

鉄火巻きは「接近する」

江國:片岡さんの小説を読んでいると、いつも痒いところに手が届くような正確な描写が気持ちいいんです。「冷蔵庫を開けた」と書いてあったら閉めるところまでないと、私は気持ち悪いんですね。そこを割愛してあると「開けたままなのかな?」と思ってしまう。常識的に考えれば分かるんですが、どうしても気になる。

そういう部分が片岡さんの小説にはなくて、開けたものは完璧に閉じられているんですね。もちろん省略もたくさんあるわけだけれども、必要なものがすべて入っている。私はその正確さに胸打たれるんです。

 

今回の小説の中だと、「笑ってはいるけれど」で、年上の作家が話す昔話。貧乏学生が火鉢のあるアパートに住んでいる。「こんな状況で若い男がひとりでいたら想像するしかないからね。なにを想像するのか。なんだと思う」と、年上の作家が主人公に聞く。そして返事を待たずに「鉄火巻きだよ」と。

彼は鉄火巻きが好物で、お腹が空いていて、お茶と一緒に鉄火巻きが食べたい、と。そのあと鉄火巻きの食べ方についての描写があるんですけど、お醬油を鉄火巻きにビショッとつけてはいけない、端っこにちょっとつけるんだよ、と言った時に、「醬油に対して鉄火巻きが斜めに接近していくのですか」と日高が聞くんです。私この一行、手帳に書き写しちゃったんですよ(笑)。

それに対してさらに答えがあって、「丸い小さな皿の、ほぼ垂直に立った縁に、鉄火巻きを斜めに当ててから、醬油に向けて鉄火巻きをさらに下げればいい」。

佐々木:なんだか科学の実験みたいですね。

江國:「皿の縁を利用するのですね」という相槌を打つと、「皿にある醬油のまんなかに鉄火巻きを垂直に降ろしてはいけない」というふうになる。その動作や意味はもちろん分かるし、多くの人が醤油がつきすぎないように似たような動作をしてるわけですけど、それをこういうふうに言語化する。

普段何気なく自分でもやっていることを「接近していく」という言葉にする。「接近」ですからね。

佐々木:鉄火巻が接近していくんですね、醬油に向かって。

江國:SF映画みたいですよね。現実がどうか、何が書いてあるかよりも、言葉にした時に何が発生するか、言葉になった時に何が見えるか、ということなんです。

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