2019.11.02
# 本 # エンタメ

江國香織が驚愕! 片岡義男の「言葉をあやつる」凄いテクニック

小説の書き方「超入門」前編
片岡義男×江國香織×佐々木敦

奇妙な物体として残る小説

佐々木:『窓の外を見てください』は、6つの短編小説とも言えるし、6つの章に分かれている長編小説とも言えますよね。あとは完成に向けて最終章まで書いていったんですか?

片岡:後始末をしなければいけないんですよ。短編のままいってもいいんだけど、長編的な終わり方をしたほうがいいかなと思ったんです。

終わり方がちょっと変わっていて、日高さんという30歳の作家はこれから全体を書くんですが、全体を書かないといけないなと思うときには、その全体は読者の手元に本としてあるわけです。ですから彼は、書くぞ、と言いますけれど、書かなくていいわけです。

 

佐々木:もう出来上がってますもんね。

片岡:そういう仕掛けなのです。

江國:それってものすごいことですよね。読み終わった時にはこの本が不思議な、奇妙な物体として読者の手元に残るんです。

 

片岡さんの本を読んでいるつもりでいたのに、日高さんの本を手にしているかのような感覚になる。トリッキーですよね。入れ子のようなところがあって、主人公の日常と、主人公が書いている、あるいは想像している小説の境界がわからなくなるところがある。

先ほどお話に出た30歳年上の作家との対談「笑ってはいるけれど」は、この本の中で重要な位置を占めていますね。

片岡:重要です。60歳の作家が大変いい人です。あんな人がいたらいいですよね。

江國:対談の最中に、新人作家の日高がそのまま小説として発表できそうな面白い話をたくさん教えてくれる。それがまたひとつの短編のようなんですね。

数年前に刊行された、『この冬の私はあの蜜柑だ』(講談社)というタイトルの……タイトルだけでも10メートルは後ろにぶっ飛ぶくらいびっくりしますけど(笑)、そのご本の中に「フォカッチャは夕暮れに焼ける」という短編が入ってるんです。そこでも小説家が主人公で、2編のごく短い小説を編集者に渡すんです。

「3編目もあるんだが、必要かどうか判断してくれ」とメールすると、読み終えた編集者から「2編で大変結構です」と返信が来る。だから3編目は物語上存在しないんですが、こういう感じの話だって5行ぐらい説明が書いてある。その5行をぜひ皆さんに読んでほしい。

女の人が主人公で、外からお家に帰ってきてシャワーを浴びる。シャワーを浴びたあとシャツを羽織って椅子に腰掛けてスニーカーの片方に紐を通す。もう片方に紐を通す前にボタンを3つとめて、そしてもう片方にも紐を通す。それだけの小品である、と書いてあるんです。

「それだけ!?」って思うんですけど、読むとその光景は一枚の絵のようでありながら、ひとつの小説になる要素があるなと分かるんです。ある意味ものすごい贅沢ですよね。そういうものを最近すごくたくさん書いてらっしゃいますよね。

片岡:楽だからですよ。

佐々木・江國:いや、楽じゃないですよ!(笑)

片岡:「フォカッチャ」は3つ書く予定でいたんですけども、書くのが大変だからひとつしか書かなかった。小説に書いてあるとおり現実にあったことなのです。

江國:ここで騙されないようにしたいです(笑)。前回ちょっと騙された感が残ったので。

片岡:騙し方がまだ下手なのかなぁ……。

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