Photo by gettyimages

天才が生涯でいちばん輝いた年…「1995年のイチロー」は凄すぎた

河村健一郎×パンチ佐藤×岩本勉

野球界の宝・イチローが刻んだ28年の歴史の中に、燦然と輝く1年間がある。あの年、若き天才が必死に振るったバットは、神戸の人々の生きる力となった。

どこに投げても打たれる

パンチ佐藤(以下佐藤) 数々の金字塔を打ち立てたイチローも、今季限りでプロ選手生活に別れを告げましたね。元チームメイトとして、感慨深いものがあります。

河村健一郎(以下河村) 僕はイチローが'92年に入団した当時、オリックスの二軍コーチを務めていました。彼と二人三脚で練習を積み、入団3年目の'94年に一軍に送り出して、登録名を「イチロー」に変更して以降は、メジャーに移籍するまで、なんと7シーズン連続で首位打者に輝いた。

岩本勉(以下岩本) メジャーに挑戦してからも首位打者2回、262本のシーズン最多安打記録も樹立し、日米28年間の安打数は4367本。僕は日本ハムに所属していて、イチローとは何度も対峙しましたが、こんなバッターは二度と出てきませんよ。

Photo by gettyimages

佐藤 なんと言っても、一軍に定着して1年目に、いきなり日本記録(当時)の210安打。そういう意味で、'94年は記録にも記憶にも残る1年でしたが、僕は'95年も素晴らしいシーズンだったと思います。

パンチ佐藤(ぱんち・さとう)/'64年神奈川県生まれ。熊谷組を経て、'89年オリックスにドラフト1位で入団、外野手として活躍。'94年の引退後はタレント、野球解説者として活動。

岩本 首位打者だけでなく、最多安打、打点王、盗塁王、最高出塁率のタイトルも獲得している。21歳にして、前代未聞の「打者5冠王」を獲った年ですね。

 

河村 この年はバッティングの形が本当に良かったんだよね。アメリカに行ってからは、ボールに当てに行く、内野安打の多い打ち方だったけど、'95年は芯を食った、キレイなヒットがとくに多かった印象がある。

佐藤 イチロー個人の成績で言えば、打率は.342。リーグ2位の堀幸一(ロッテ)が.309だったから、圧倒的な成績ですよね。