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40年前、吉田拓郎と井上陽水に人生を変えられた若者たちの証言

江口寿史、中村雅俊、京本政樹…

たとえるならば太陽と月。'70年代、若者たちの文化を塗り替えてしまったふたりの天才はすべてが斬新だった。自分の生き様を貫き通す。僕たちは拓郎と陽水のそんな姿に痺れ、そして共感したのだ。

これは、自分の歌だ

「拓郎さんや陽水さんの音楽には、若者に『新しい時代がやってきた』と思わせる魅力がありました。'60年代までのフォークは、学生運動の真っ盛りだったこともあって、反戦ソングが多かった。歌詞には難しい言葉が並べられて、どこか『自分たちが世の中を変えなきゃいけないんだ』という、気負った雰囲気がありました。

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そんな中で、ふたりはそれまでまったくなかった曲を世に送り出したんです。歌の中の主人公は、あくまで等身大の『僕』自身。自分の身の回りのことを、平易な言葉で歌っていた。画期的でしたね。音楽的な意味だけじゃありません。ふたりの発するエネルギーに打ちのめされ、触発された若者は、本当にたくさんいました」

漫画家の江口寿史氏(63歳)は、当時の熱狂ぶりをこう振り返る。

'70年代、フォーク・ロック界に突然、ふたつの巨大な才能が現れた。吉田拓郎と井上陽水だ。

 

『今日までそして明日から』に『結婚しようよ』、『人生を語らず』など、前向きなメッセージで若者たちを引っ張ったのが拓郎ならば、『傘がない』や『氷の世界』など、どこまでも内省的な歌詞で聴き手の心を揺さぶったのが陽水だった。

いわば、「動」の拓郎に「静」の陽水。タイプは違えど、ふたりはまぶしいくらいに新しかった。拓郎と陽水が生み出す音楽は、若者の文化すべてを変えてしまったのだ。

時代の寵児として'70年代を駆け抜けたふたりだが、最初に頭角を現したのは拓郎だった。

俳優で歌手の中村雅俊さん(68歳)は拓郎の曲に影響を受け、強く感化されたという。

「忘れもしません。僕が拓郎さんの曲を初めて聴いたのは'70年のこと。ちょうど大学に入学したタイミングでした。その年に、拓郎さんのデビューシングル『イメージの詩』に収録された、『マークⅡ』という曲を聴いたんです。

レコードの中で、拓郎さんは、まるで僕に話しかけてくるように歌っていた。聴いているうちに、どんどん詞が体の中に入ってくる感覚になりました。もう、一発で惚れ込んでしまって。それからというもの、毎日毎日、飽きもせずに聴き込みました。当時は、拓郎さんの存在そのものが僕の勇気になっていました。それほどのめり込んでしまったんです」