これが日本の伏魔殿…マンション「パレ・ロワイヤル永田町」をご存知か

この国の裏側、ぜんぶ見てきた
長谷川 学 プロフィール

ところが'86年、閣僚の資産公開において、総務庁長官だった玉置は、この3室を個人資産から外し、公表しなかった。記者会見で「資産隠しではないか」と追及された玉置は、こう反論した。

「(3室は玉置自身の)政治団体のものだ。あれだけの資産を(個人で)持てるわけがない」「銀行で借り、政治資金ができたときに払っている」

つまり3室の原資は政治献金という「人様のお金」であって、持ち主は政治団体だと主張したのだ。だが登記簿を確認すると、3室とも、玉置が死んだ'87年に玉置夫人がそっくり相続している。

こういうことがまかり通る時代だったのだ。現在では政治資金規正法が改正され、政治団体が新たに不動産を持つことは禁止されている。

 

のちに部屋を使った顔ぶれ

さて、玉置の死後、夫人が相続した「玉置部屋」3室はどうなったか。その顔ぶれが興味深い。

玉置夫人は、1103号室を青嵐会時代からの夫の同志である渡辺美智雄に貸しつけた。その後、夫人は、'02年にこの部屋を企業に売却している。やがて政界のタニマチとして有名なEH社創業者の深江今朝夫が購入し、元宮崎県知事の東国原英夫の事務所になった。

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深江の側近は「深江は同じ宮崎出身の東国原氏を評価し、事務所として貸したが事務所費は払ってもらいました」と語る。

202号室は、金丸側近だった石井一元自治相の妻に売却されている。金丸は玉置を信頼して共闘することが多かった。

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