これが日本の伏魔殿…マンション「パレ・ロワイヤル永田町」をご存知か

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長谷川 学 プロフィール

入居する政治家を選ぶ

パレ政治史の原点は、この玉置にある。というのも、'78年に玉置が事務所を構えたのを皮切りに、玉置の子分や、玉置と懇意の自民党の大物が続々、パレに事務所を置くことになるからだ。

 

玉置は、政界のフィクサーの異名を持つ異能の政治家だった。'73年には、石原慎太郎やハマコーこと浜田幸一、渡辺美智雄らと政策集団「青嵐会」を立ち上げ、武闘派としてならした。また、生長の家などの支援を受け議員集団「宗教政治研究会」を結成。'83年には衆院に転身し、玉置派を立ち上げようとしたが果たせず、総務庁長官在任中の'87年、がんで急逝した。

前述の渡辺美智雄、浜田幸一、藤尾正行元文相らは、玉置に入居を許された政治家たちだった。

「永田町の一等地ですから、完成前から多くの政治家がパレに入りたがりました。地主の長谷川は、懇意の間柄の玉置と相談して、入居する政治家を決めていったのです」

こう語る村上自身も、玉置の元秘書で、生長の家を母体に参院議員に当選し、後にパレに入った。

玉置のパレ売買の経緯には、脱法行為まがいの胡散臭さがつきまとう。玉置は'78~'79年に202号室、203号室、1103号室の3室(いずれも120平米弱)を購入している。不動産登記も玉置の個人名で行った。当時のパレの売り出し価格は10階の4LDKの部屋で約2億円だ。

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