豊潤な自然の恵みを享受しながら人々が営んできた暮らしと、大切につくり継いできた道具と。秋田が生んだ暮らしの道具、その物語。秋田県大館市の名産のひとつ、「曲げわっぱ」を2代にわたってつくり続ける商店にクローズアップしました。

「弁当箱は、弁当箱でしかない」
曲げわっぱ

柴田慶信商店の曲げわっぱの品質の証は、たとえばこの丸みのあるフォルム。どれだけ手間ひまがかかっているかどれだけの技術を要するか語ることのできる要素は多いのにそれを潔しとしない、潔さ。


始まりは一本の木

原木から商品になるまで、全工程が同じ場所で行われる。

薄くした木材を曲げて器にするという曲げわっぱの技術は国内各地(もっといえば世界中)に存在する。そのシンプルな製法ゆえにごまかしが利かず、“素材のよさ”と“技術の高さ”がものをいう。大館が曲げわっぱの名産地として誉れ高いのは、そのどちらもが備わっているからだ。

まず“素材のよさ”については、天然杉を使っていること。

「秋田県では伐採禁止になっているので、じつはいま、天然の秋田杉はなかなか入手できないんです。県内のわっぱ屋は秋田杉にこだわろうとすると、造林杉を使わなければならない状況。木目が粗いし堅いので、うちでは使いませんけれども」

ひと晩浸水してやわらかくしたあと、さらに80度のお湯に浸けると、杉材の柔軟性が発揮される。きめが細かく、折れたり反ったりしないのが天然杉の特長だ。

柴田慶信商店の2代目・柴田昌正さんが教えてくれた。でも、それでは、どうしているのだろう?

「うちにはいま、廃業した県内の製材所から引き取ったものがありますから、しばらくはもつでしょう。あとは北東北の天然杉が使えます。杉が採れる奥羽山脈のあっち側の青森や岩手では伐採禁止になっていないので」

薄く製材した杉をひと晩水に浸けてから、約80度の湯で煮沸。この後、型に合わせて曲げる。

……と、ここで気がつくのは、柴田慶信商店では手に収まる小さな弁当箱をつくるのに、大きな原木を調達し、製材加工するところから始まるということ。ここからは“技術の高さ”の話になるが、一本の木からひとつの商品になるまでの全製作工程を自社で行っているのだ。

美しさから感じられること

お湯に浸けて曲げた杉材を、その状態で定着させるために乾かす。乾燥室では、これから曲げわっぱの弁当箱やおひつになっていく枠の部分たちが待機中だった。

柴田慶信商店は昌正さんの父、慶信さんが25歳のときにひとりで立ち上げた。中学校を卒業したら丁稚として職人の道に入るのが当時の通例だったそうだから、ずいぶんと遅いスタートだ。そこで弟子にはつかず、手に入る曲げわっぱを集めては分解して研究し、独学で製法を習得したそうだ。そのときすでに昌正さんも生まれていた。

「当初は家内制手工業で、家のなかに製作中の曲げわっぱがたくさん転がっていて。正直、儲かってそうには全然見えませんでしたけど、とにかく父は楽しそうに仕事していたので、それをかっこいいと思っていましたね」

ひとつひとつ手作業で綴じていく。柴田慶信商店は、ヤマザクラの樹皮(樺)による鱗綴じなど、曲げわっぱの古い製法を現代に甦らせた。

働く父の姿と曲げわっぱを間近にしたそんな環境のなか、昌正さんは家業を継ぐと幼な心に決めていた。だから、バブル時代に便利な使い捨て資材などの器が登場し、メンテナンスに手間のかかる曲げわっぱが敬遠されても、反対に、特に東日本大震災以降、使い続けるほどに味わいが増す曲げわっぱの本来の価値が再び見出されても、そうした潮流によって昌正さんの心が揺らぐことはなかった。誠実にものづくりをする姿は父から学んでいるし、そうやってつくった品を気に入ってくれる人は必ずいると信じていたから。

「伝統的工芸品というとどれだけの工程や手間ひまをかけたかを強調しがちなんですが、そういうのは不要だと思っています。弁当箱は、弁当箱でしかない。アルミやプラスチックなど、いろんな弁当箱が並べられているなかから、お客さんに第一印象で選んでいただかないことには続かないと思うので。バックボーンは、手に取ったあとに知ってもらえばいいんです」

曲げわっぱを固定するための道具も自家製だ。

柴田慶信商店の曲げわっぱならではの丸みのあるフォルムは、パーツを簡易的に貼り合わせただけでは実現できない高度な技だ。手間も、通常の曲げわっぱの何倍もかかる。そう説明して価値を証明することも確かにできるだろう。でも、たとえそうした事情を知らなくても、純粋に見た目の美しさや卓越した点を、私たちは品そのものから感じ取ることができるのだ。

柴田慶信商店
工房のある秋田本店のそば、大館駅の近くにあるわっぱビルヂング店は、世界の曲げ物ミュージアムと、その場で自作して持ち帰ることができる曲げわっぱ製作体験コーナーが。
秋田県大館市御成町1-12-27
☎0186-59-7123
営業時間:10:30~17:00
定休日:火・不定