「膜」が世界を救う! 植物の真似をして地球温暖化を逆転させる方法

CO2回収技術変革への道
清水 修, ブルーバックス編集部

「それは、細胞膜です。細胞膜は脂質という分子が層状になった構造です。この膜の厚さはわずか二分子ほどで、数ナノメートル(以下、nm)しかありません。これはDNA3本分くらいの厚みですから、非常に薄い膜であるということがわかるかと思います。

にもかかわらず、細胞内のものが外に漏れ出したり、逆に、外の物質が勝手に細胞内に侵入したりすることはありません。もちろん細胞が活動するためには、細胞膜を通じて、物質をやり取りする必要がありますが、これには特殊な「チャンネル」を使います。

細胞膜の模式図 Picture by gettyimages
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たとえば細胞内外で水分子を出し入れしたい場合は、この薄い細胞膜に埋め込まれたアクアポリンというタンパク質を通じて、水だけが選択的に膜を透過します。われわれの世界では、膜を透過させるのにポンプなどを使って圧力をかけたりしますが、細胞膜の場合、このようなポンプに相当する仕組みはありません。

つまり余計な圧力をかけることなく自然に水を透過させている。しかも選択性がとてつもなく高い。すごく薄いのにすごくバリアしていて水だけを通す。外から支えているものもないので、自立性も高い」

しかし、細胞膜は欠点もある。細胞膜はとても脆いそうだ。すぐ壊れてしまう。だから、細胞膜そのものをCO2分離膜に使うのは無理。

であるならば、細胞膜を参考にして自分たちで「きわめて薄く、選択性が高く、自立性も高く、なおかつ壊れない膜」を作ればよいということになる。

「ぼくは以前から『膜』の研究をしてきました。ガラス基板の上に剥離層を塗ります。それをぺろっと剥がすと、けっこうタフな膜ができるのです。たとえば、酸化チタンで作った40nmの膜があります。あとは、これを改良して、薄くてガスが透過しやすい膜にしていけばいいわけです」

世界最薄! 30nmの膜を実現

「そうやっていろいろと試行錯誤を経てようやくできあがったのが、この膜です! 世界最薄。厚さ30nmの膜です」

藤川准教授はぼくらに、開発した分離膜を見せてくれた。

おお、すごい! 30nmなのにちゃんと膜が見えている。ちょっとシャボン玉の泡っぽいかんじで光っているのが美しい。

「これは多少弛ませているので目で見ることができます。ピンと張ったら、もうなかなか見えません(笑)」

世界最薄にして世界最高性能の自立ナノ膜。2気圧の加圧にも破れず、40000GPUの透過性を実現した。この透過性は世界的に見てもダントツである。選択性は11と低いが、さきほどの「透過性&選択性とコストのバランス」を考慮しての設定であろう。

「自立ナノ膜の作製に成功した」という藤川准教授の論文は、2019年9月、「The Chemical Society of Japan」オンライン速報版にて公開された。

「今後は、選択性を上げたものも作るなど、いろいろと改良していきたいと思っています。しかし、単に性能を上げていくだけでは研究として新しくない。おもしろくないですね。

そこで、原点に立ち返って『われわれ科学者が挑戦すべきことは何なのか』ということを考えはじめました。原点に立ち返るとは、CO2削減の現状を鑑みて、もっとも効果的な、インパクトの強い研究をするということです。

『ダイレクト・エア・キャプチャ(Direct Air Capture。以下、DAC)』という言葉をご存知ですか」

大気から直接、CO2を取り込む段階に

DAC(Direct Air Capture)とは、これまでのCO2削減の考え方であるカーボンニュートラル(CO2排出と回収を釣り合わせること)をさらに一歩進めて「大気中のCO2を直接回収する」という考え方、および技術のことである。

冒頭で記した通り、いま世界各国では、パリ協定で定められたCO2削減を実践しているわけだが、もはや、従来の削減プランだけでは目標達成は困難だと言われている。

カーボンニュートラルを実践していくだけではなく、いっそのこと、大気中からどんどんCO2を取り込んでいかなければ大気中のCO2総量を減らすことなど無理だ、という話になってきたわけだ。

2014年、日本主導で『世界エネルギー・環境イノベーションフォーラム(Innovation for Cool Earth Forum。以下、ICEF:アイセフ)』が発足した。このICEFは「技術イノベーションによって地球温暖化対策を推進していく」ということを目的に設立された会議で、毎年、開催されているのだが、2018年にはこの会議においてDACを進めていくためのロードマップが作成されている。

「現状では、米国のGlobal Thermostat社、カナダのCarbon Engineering社、スイスのClimeworks社の3社が先行して、すでにDACを開始しています。これらはいずれも、先ほど説明した方法A(溶液吸収)でDACをやっているのですが、見てください。砂漠などの広大な土地に巨大な施設を作ってやっているわけです」

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