国際基督教大学時代にスウェーデンに留学し、そこで「今まで私が学んできた性のこととまったく違う!」と驚愕、性教育や避妊法についてなぜ海外でごく普通にある選択肢が日本にないのかに疑問をもち、「#なんでないの」というプロジェクトを立ち上げた福田和子さん。現在はセクソロジーをさらに学ぶためにスウェーデンの大学院に留学中だ。

日本で活動をしていて、産婦人科の医師から「意識高いね」とまで言われたことのある福田さんだが、高校生のころは性教育の時間が大嫌いだったという。留学先で「その理由」が明確にわかったというその理由とは。

性教育が大っ嫌いだった高校時代

「性教育」
この言葉を聞いて、あなたは何を思い浮かべるであろう?
性感染症?避妊?恥ずかしい?けしからん?

私は現在24歳、日本でも誰もが性の健康を守れる社会の実現のため、性教育の充実などを求め活動をしている。

しかし、私自身10代の頃、いわゆる「性教育」が大っ嫌いだった。性教育というより、保健の授業全般が苦手だった。今思い返すと、それはまるで「品行方正」な顔をした大人から「健全に」「正しく」あるようと、上から「矯正」される、そんな感覚があったからだ。それは同時に、あるべき姿から外れている者は否定、無視、排除されることも意味していた。最近よく使われる、社会から与えられる恥=「スティグマ」ともいえるだろう。

だから私はいつも、保健の特に性の絡む授業になると、「どうせあれはダメ、これはダメ、って否定したいんでしょ?」「教師だって教科書通りになんて生きてないくせに」とひねくれた思いが噴出し、その時間を耐えるのに必死であった。

また、女子校ということもあってかそういった授業の後は必ず、「今あんな話されても起こるわけないよ〜」と、「性」なんて汚いものには触れたことない!触れたくない!ありえない!という会話が飛び交うのも、なんとも居心地が悪かった。

学ぶことで変わった性教育への意識

ほんの数年前までそんなだった私が、今や性教育の拡充を目指し動いている。この変化は、学びを続けるうちに、「性教育」の概念が180度ひっくり返ったからだ。

そもそも性教育は「誰かを否定し、健全な方向性へ矯正する」ものではない。むしろ、様々な権利や選択肢を示すことで、「全ての人が、きちんとした情報をもとに自分で判断し、より自分の望む道を歩めるよう、下支えするもの」である。

それを私に教えてくれたのは、今回インタビューに応じてくれた、トンミ・パーラネン氏である。彼は、フィンランドで1969年に設立されたセクスポ財団代表だ。この財団は、性教育の拡充や性教育者の育成において最も大きな団体として、尽力している。また、トンミ氏は世界性の健康学会の性の権利委員会の代表も務めている。

Sexpo財団代表トンミ・パーラネン氏。写真提供/Sexpo