未婚の母も問題視…フィンランドの「強制不妊手術」知られざる実態

今も優生思想が見え隠れしている
岩竹 美加子 プロフィール

優生思想を主導したのは…

強制断種は、専門家集団による運動だった。1942年には、ヘルシンキ大学解剖学部と連結させて、優生学部を作る計画もあった。れっきとした科学、医学と見なされていたのだ。

優生思想を主導したのは、科学者や医者、精神科医などだが、地方自治体や道徳・生活改善を進める女性運動家、ソーシャル・ワーカーなどもその思想を持っていた。また、支持者層の幅も広く、上流・中流階級、女権運動家、家父長制を支持する男性、キリスト教信者、無神論者などにも共有されていた。

強制不妊手術は、合法的なことで統計も取られており、それを進める側からすれば、やましさを感じたり、こそこそ隠したりするような事ではなかった。それが、否定的な意味を持ち始めるのは、60年代になってからである。

 

フィンランド人は「劣等」民族?

優生思想は、しばしばナチスと結びつけられるが、その歴史はずっと古い。フランスのゴビノー(1816〜1882)などによって唱えられた思想である。ゴビノーは、1850年代頃から「アーリア人」や白人の優越性、人種間結婚は避けるべきことなどを主張していた。

「アーリア人」は、インド・ヨーロッパ語の話者として想定された。19世紀には言語、文化、人種は関連しているという思想が優勢で、「アーリア人」はその全てにおいて優れていると考えられた。

その考えによると、フィンランド語はインド・ヨーロッパ語ではないので、フィンランド人は「アーリア人」ではなく、「劣等」民族ということになる。