「息子は大好きだから
このままでいいんじゃないか」

それでも、二人の間には子どもがいる。元夫は子どもを可愛がっていた。そう簡単に離婚できない。まずは元夫に自分の気持ちをぶつけてみることにした。
「『この先もずっとこのままでいくつもりなの』って2、3度聞きました。そうしたら毎回、『できないものはできない』って、返されて。そして『息子のことは大好きだし、毎日平和だから、このままいければいいんじゃないかなと僕は思ってる』と」

酷い言われようだが、離婚をほぼ決意したえりさんにとって、もはやその言葉は刃ではなく、離婚に向けてのスタンプとなってたまっていった。スタンプは、私なりに努力したもん! と自分に免罪符を与えるために必要だった。

1年経ち、スタンプがカードいっぱいにたまったとき、えりさんは元夫にこう切り出した。

「私一人で子どもを育てられるかやってみたい、と。仕事はずっと続けていたので、経済的にはなんとかなると思いましたが、いきなり離婚という言葉を出すのは、やっぱり怖かったんです。それで、まずは別居からと思って、息子を連れて実家に戻りました」

子どもは週末ごとに父親に会わせた。元夫はえりさんが子どもを連れて出ていったことを「勝手だ」と憤ったが、毎週末子どもに会えると知ると、態度は軟化した。

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その後、双方に弁護士が入り、財産分与として、マイホームの時価総額から残りのローンを引いた半分を現金でもらうことに。養育費は算定表に従って、大学を卒業する22歳までと決まった。
慰謝料は、えりさんとしては欲しかったが、弁護士の助言でもらわないことにした。

「はじめ弁護士さんに、セックスレスでこんなに傷ついたと元夫にわかってもらうためにも慰謝料が欲しい、と言ったんです。でも、止められた。そもそも相手は、家を出て行かれたことに被害者意識をもっている。とりあえず財産分与も養育費も納得しているのだから、そこへ慰謝料まで請求したら、泥沼ですよ。子どももいる仲なのだから、円満解決を目指しましょう、と」

子どもを挟んで、これからも関係が切れない相手だ。えりさんは納得し、でも、これだけは伝えて欲しいと弁護士にメッセージを託した。

本当は慰謝料を請求したいほど傷ついた気持ちがあるけれども、円満に解決するために慰謝料は求めません

元夫は「セックスレスが離婚時事由になることは十分に承知している」と言ったらしい。

えりさんはいま、実家を出て近所にアパートを借り、子どもと2人で暮らしている。元夫と取引関係にある職場は退職し、別の会社に移った。

実は、恋人もできた。資格取得のための講座で出会った年下の男性で、十分に愛情を表現してくれる。子どもには会わせていない。当面、会わせるつもりもない。家族をつくりたいわけではないからだ。とりあえずいまは、女性として愛されていれば十分。えりさんは、ふんわりと微笑んだ。

女性である自分を、34歳からずっと否定され続けていた。母として子どもと暮らす生活を大切にしながら、いまは失われた7年分の悲しみを癒している。そんな時間なのではないだろうか Photo by Getty Images