視力6000! 世界が協力して作り上げた最強の「目」の秘密

アルマ望遠鏡は宇宙に何を見るか
平松 正顕 プロフィール

これほど大きな施設は、一国では開発・運用することはできません。アルマ望遠鏡は、日本が主導する東アジア(日本・台湾・韓国)、北米(アメリカとカナダ)、欧州南天天文台(欧州の16カ国が加盟)が建設地のチリとも協力して運用する国際プロジェクトです。

 

もともと日米欧で別々に構想が進んでいた大型電波望遠鏡プロジェクトが統合され、アルマ望遠鏡が生まれました。

日本は1983年に、当時「大型ミリ波干渉計」と呼んでいた構想を開始しました。その前年、日本の電波天文学には大きな変革が起きていました。長野県の野辺山高原に、直径45mの巨大電波望遠鏡と10mアンテナ5台からなる干渉計を擁する、野辺山宇宙電波観測所が開設されたのです。

これをきっかけに、電波天文学界で日本は一躍世界のフロントランナーとなりました。「大型ミリ波干渉計」は、さらに天文学のフロンティアを推し進めるための次世代計画として立ち上がったのです。

同じころにはアメリカの天文学者たちも、1990年代に入るとヨーロッパの天文学者たちも、それぞれ次世代大型電波干渉計計画をまとめていきます。

その後の国際研究会では、日米欧の研究者が互いに検討中の計画内容を教えあい、また望遠鏡建設に適した場所を共同で探したりもしました。こうした緊密な連携の結果、望遠鏡プロジェクトそのものを融合する機運が生まれたのです。

2001年、東京で開催された会議において、日米欧が協力して一つの巨大電波干渉計を作り上げるという決議がなされ、三者からなる「アルマ望遠鏡」プロジェクトが正式に立ち上がりました。

今では、参加各国の技術の粋を集めて開発されたさまざまな装置がチリの高地で組み合わされ、ひとつの望遠鏡として宇宙を見つめています。世界の研究者や技術者、事務担当者が手を取り合って進めたからこそ、天文学の新しい扉が開いたのです。

空をあふぎ何をもとむや

2011年、アルマ望遠鏡は、すでにできあがっていた16台のアンテナで観測を開始し、2013年には本格運用に移行しました。その後は天文学者自身も驚くような成果、天文学の教科書を書き換えるような成果も続々ともたらしています。

アルマ望遠鏡は、3つの大きなテーマを掲げています。「惑星系の誕生」「銀河の誕生」「物質の進化」です。地球のような惑星はいかにして生まれたのか、地球を含む天の川銀河などの銀河はいかにして生まれたのか、そして生命に繋がる物質は宇宙の歴史の中でどのように進化してきたのか。

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これらは総じて、「私たちはどこから来たのか」という問いに答える営みにほかなりません。

ここで「私たち」が指すのは、人間だけにとどまりません。地球上の生命、あるいは太陽系、あるいは宇宙全体。この宇宙に重層的に連なるさまざまな要素がどのようにして生まれ、今の「私たち」に繋がっているのか。「私たちのルーツを宇宙に探す」、これがアルマ望遠鏡の究極的な目標といえます。

およそ100年前、詩人・石川啄木は次の問答のような歌を詠みました。

「空をあふぎ何をもとむや」(空を仰ぎ見て何を探しているのですか?)

「前の世に住みけむ星を忘れたる故」(前世に住んでいた星を忘れたからです)

私たちの体を形作るさまざまな元素は、すべて宇宙のどこかで生まれました。その進化を追いかけ、ルーツの解明を目指すアルマ望遠鏡の営みは、まさにこの歌と同じなのです。

もちろん啄木の時代には、元素の起源が宇宙にあることはまだ明らかになっていませんでした。それにもかかわらず、この歌が現代の天文学者が抱く想いと共通しているのは、宇宙や自分たちの来し方行く末への興味が、人類普遍のものだからかもしれません。