浩宮殿下との初めての出会い

外交官試験に合格し、未来への希望と、仕事への意欲に胸を膨らませていた22歳の雅子さま。そんな雅子さまの運命が大きく動き始めるのは、折しも、外交官試験に合格した翌日のことだった。当時、外務省条約局長だった父親の恒さんのもとに、宮内庁から一通の招待状が届いたのだ。来日するスペインのエレナ王女の歓迎パーティへの招待で、文面の最後には、「ご家族も一緒にお越しください」とある。

小和田家の人々は知る由もなかったが、実はこのパーティは、浩宮徳仁親王殿下と、お妃候補の女性たちとの出会いの場でもあったのだ。

その1年前、1985年の秋に浩宮殿下(今上天皇)が英国留学から帰国されて以来、25歳の浩宮殿下のお妃選びは本格化していた。

1985年、浩宮さま英国留学の際に英国王室にて Photo by Jayne Fincher/Princess Diana Archive/Getty Images

まずは、旧皇族、旧華族、学習院を中心とした学校関係などからお妃候補のリストが作られ、さらに、研究者や学者、公務員といったルートでも候補者探しが行われた。雅子さまを推薦したのは、父親と親交のあった元国連大使・中川融氏だったという。

ご自身がお妃候補になっているとは露にも思わず、雅子さまは外交官になった時のための経験になればと、このパーティに出席することにする。そこで、初めて浩宮殿下と出会ったのだ。

会話はほんの2~3分の短いものだったが、浩宮殿下は、控えめだが聡明な雅子さまに好意を抱いた。ほとんど、一目惚れといってもよかったのかもしれない。

それまで、何人ものお妃候補と面会してきた浩宮殿下だったが、同じ女性に「もう一度会いたい」と言ったのは初めてのことだった。そんな殿下の思いを受け、その後も何度か、浩宮殿下と雅子さまとが会う機会が設けられる。