とんでもなくハイスペック

1985年(昭和60年)、21歳で帰国した雅子さまは、翌年春に東大法学部に学士入学。その2カ月後には外交官試験を受け、晴れて合格する。

……と、サラリと書いてしまっているが、東大の学士入学は、100人の受験者の中で合格できるのはたった3人外交官試験の合格率は40倍。その年の難関を突破できたのはわずか28人で、女性は3人しかいなかったそうだ。

ハーバード大学、東大、外交官……いったいどれだけ優秀なのやら、経歴をなぞっているだけでもクラクラする。

しかも、雅子さまのすごい所は、決して勉強一筋のガリ勉ではなく、スポーツや文化活動にまで熱心に取り組まれていたことだ。ハイスクール時代はソフトボールクラブで活躍し、地元の新聞にも載ったことがあるほど。大学時代には、日本人や日系人で作る「日本文化倶楽部」の会長もつとめ、日本の伝統や文化を広める活動をしていたそうだ。

1988年5月、日本料理の会での雅子さま 写真提供/宮内庁

すごすぎる……。漫画だって、こんな設定盛りすぎのキャラクターはいないってくらいのスーパーレディだ。

しかし、今にして思えば、この雅子さまの並外れた優秀さが、のちの「試練」の一因になってしまったのかもしれない。